◆65才での初アルバイト     

  常盤さんから、新たなる冒険(?)のお話を頂きましたので紹介いたします。

   
 昨年の10月に65才となり、40年以上続けてきた仕事に区切りをつけました。長く勤めてきた元の会社、60才で定年となり、それ以降は嘱託という名前の継続雇用でした。この5年間は1年契約の更新であり、以降も希望すれば残ることができるのですが、ずいぶん前からここで完全退職と決めていました。なにしろお金を扱う仕事であり、値上がり・値下がりで一喜一憂しなければなりません。できるところまで仕事を続けて、万策尽きたところで退職するとなると、当然ながら厳しい局面でお客様方に別れを告げることとなります。ちょっと過激な言い方をすると、敵前逃亡みたいなもので、それは本意ではありません。半年ほど前から、10月に65才で定年退職ですと予告してきました。

 私は山登りくらいしか趣味がないので、退職後に悠々自適という生活は送ることができません。毎日高尾山では飽きてしまうし、旅行だってひと月に一度くらいが限度かと思います。また、年金と少々の貯えで、なんとかやりくりできないこともないでしょうが、少しくらいは稼いで、自由な小遣いが欲しいです。たとえば、ひと月5万円の小遣いで生活するより、プラス5万円でも収入があれば、2倍の10万円で遊べます(ひと月5万円の小遣いは例であり、実際にいくら使っているかは秘密)。

 長く山登りを続けてきて、特技と言えるかどうか、食事を自分で作ることは得意です。何人かの人にお話ししましたが、できれば魚をおろすような仕事につきたいとの希望はありました。もちろん素人でありますから、いきなりそんな仕事につくことができないことくらいはわかっています。とにかくまっさらな気分で、前の仕事を終えました。会社の後輩たちからは、スーパーの自転車整理から始めることになるとのアドバイスをもらっていました。

 会社を辞めたら失業保険、そのためには職安です。退職から1週間後くらいに退職の証明書が送られてきて、それを持って職安(私の地域は、池袋のサンシャインビル)に行きます。いろいろ説明を受けて、失業認定日に再度職安に出向きます。なお、ご存知の方も少なくないでしょうが、65才より前に退職すると失業保険は200日、65才超だと50日分しか支給されません。ただし200日分もらうためには、たしか28日ごとに何回か職安に出向き、就職活動をしていることをアピールすることが必要です。就職する意思はあるが、条件に合った仕事が見つからないということ。ですから、その間の仕事(アルバイト)には、いろいろな制限が付きます。退職時の収入が決して多くなかったし、50日でも200日でも大きな違いもなく、私は面倒のない65才超退職(失業)、50日分の失業保険を選択しました。

 最初に職安に行ったあと、ちょっとした海外旅行などを楽しみ、失業認定日の12月7日に職安へと向かいます。9時から説明があり、30分ほどですべて完了。これで約1週間後に少ないながらも失業保険が振り込まれます。「さて皆さん、今日就職相談される方いらっしゃいますか?」15人くらい集まった中で、手をあげたのは私ともう1人だけでした。まあ、そんなものですよね。相談ブースで、担当のねえさんに希望とか聞かれます。「このあと2月と6月に10日間くらいの旅行を予定しています。7月か8月には、1週間くらい休む予定(夏の山登り)があり、これらははずせません。あとは何もなし、土・日でもなんでも結構です。パソコンの操作は普通にできますが、Excel、Wordはできません。特技と言えば、朝早く起きること、年齢以上に素早い動作ができることです」という自分の状況。

 ねえさん、嫌な顔もせずに、「それでは、フルタイムは無理でしょうからと言って、パソコンから、求人票を一枚プリントしてきました。池袋近くの「びっくり市場(仮名)」という、ちょっと怪しげな名前の鮮魚系スーパーの求人です。池袋・鮮魚系スーパーで検索すると、そのようなスーパーがヒットしますが、そこかも知れません。年末までの期間限定、朝8時から夕方4時まで、職種は品出し、早出あり、残業あり、時給1350円。なんのスキルもない高齢者にいきなり1350円とは、絶対きつい仕事であることが想像できましたが、ひどい環境だったら一日で辞めちゃえば良い、気楽なものです。翌日(12月8日)午後1時に面接なので、来店してくださいとのこと。ええ、明日?まあ良いでしょう。ねえさんから、「指定の10分くらい前に行ってくださいね、きちんとした服装で行ってくださいね」とのアドバイス。わかってるって。

 帰宅して、びっくり市場についての検索です。鮮魚から始まった食品スーパー。10時開店、午後4時閉店。毎週日曜・祝日・水曜が定休日。スーパーなのに夕方はやっていないし、日曜・祝日が休みなんて、もうびっくりです。市場であるというスタイルらしいです。でも、水曜は市場やっていますよね。ただし12月は、23日(日)24日(振替休日)以降は31日まで休みなしだそうです。

 面接、普通は面接官が名刺くらい出しますよね。ところがそんなこともなく、私の履歴書を見て、フンフンと5分くらいで採用決定でした。「いつから働けますか?」「ええ、明日からでも結構です。」明日、12月9日は定休日でした。「それでは、11日からお願いします」とのことでした。そう言えば、野歩の会葉隠例会は12月7日で、職安に行った日。翌日面接で、翌週の火曜から年末まで働くことになったのです。葉隠例会の席では、合格するか否か不明でしたが、年齢を申し出ての面接でしたから、不合格になる理由はありません。

 12月11日、指定された朝8時半に事務所に行くと、同時期に採用された2人がいました。シングルマザーみたいな30代の女性と、魚屋の経験がありそうなおじさん。この女性は私と同じ品出し、おじさんは魚の技術者として採用された模様です。30分くらい、事務的な手続きがあり、作業服と作業帽をかぶって、いよいよ売り場に出ました。自分の上司は、鈴本(仮名)さんという45才くらいの男性と、中田(仮名)さんという35才くらいの女性です。毎年この時期に季節労働者を雇っているらしく、私たちに対する扱いはとても慣れていました。鈴本さん「誰でも最初は戸惑うでしょうが、大丈夫です。10日もすればベテランになり、自主的に仕事ができるようになりますよ」とのこと。以降、私に対しての指示は、すべて敬語で接してくれます。それに対して中田さん、やはり少しレベルが低いというか、「あれやって、これやって」とか言葉づかいなど乱暴でした、まあ我慢できなくもない程度。

 店舗は1階のみ、鮮魚、切り身、塩干、エビ・カニ、青果、食品、日販と分かれています。それぞれ担当者がいて、自分の部門以外は良くわからない模様(とは言っても、魚系・青果以外の人、はある程度の知識はあります)。私とシングルマザーは、日販部門に配属されました。日販って初めて聞く言葉ですが、食品の中で、その日のうちに売ってしまう豆腐のような食品、小麦粉や食用油など、2か月、3ヶ月は劣化しない食品を除いた、もろもろのものを扱っています。ちくわ、ゴボウ巻、ラーメン、佃煮、お菓子などが主力。なお、2階に冷蔵庫と加工室があり、3階と、道を隔てた建物が常温の倉庫です。鈴本さん、中田さんから指示を受けて、2階、3階、倉庫から目当ての商品をピックアップしてきます。

 ここで働くにあたって決めたこと。絶対にサボったりしない、他人の仕事も率先して手伝う、なるべく大きな声で返事・挨拶する、自分の身分(最低下層)をわきまえる、社員さんたちの名前をいち早く覚えて、コミュニケーションをはかるなどなど。それは可愛がってもらわねばつらいだけです。アルバイト期間中、ずっとそのようにしてきたし、手前みそながら、年齢以上に素早く動けたので、大きなストレスはありませんでした。

 私は自分で料理するし、週5回くらいスーパーに寄るし、食品に関する知識は結構なレベルであると認識しています。ピックアップする食品を指示された場合、それが何だかまったく知らないか、ある程度わかっているのかで、ずいぶん違うと思います。それでも面喰ったものがいくつかあります。その代表がチャンジャとかんざし。チャンジャって朝鮮料理で、魚の腸の塩辛だそうです。もともと塩辛って好きではないし、赤いからキムチ系の食品のようですが、とにかく知りません。かんざしって何?なにかお菓子のような物と思いましたが、乾燥させたうどんです。1本の20センチくらいのうどんを半分に折り曲げてパックしてあります。巨大なヘアピンのような形状なのでかんざしなのだそうです。倉庫の、お菓子置き場をいくら探したって、見つかりっこありません。

 初日、2日目あたりは、指示されてピックアップに行っても、目当ての商品がなかなか見つかりません。10分も20分もかかります。そうすると、社員さんが助けに来てくれます。何モタモタしてるんだ、そんなことはありません。こういった気づかいはうれしかったですね。そして、3日、4日目くらいになると確かに慣れてきて、だんだんとスムーズになってきました、なるほどなるほど。

 12月26日までは通常営業、27日から年末の売り出しです。26日の夕方から、これまで売っていた商品のいくつかを倉庫にしまい、年末に売るものを並べます。たとえば米out、栗きんとんinです。したがって26日は残業で、何時に終わるのか不明です。いろいろ情報を集めると、夜の8時ころくらいらしい。この日は特別に、無償で夕食が供されるとのことで、それはラッキーですと可愛く即答しました。結果、夜の7時半に上がってくださいとのコールがかかりました。翌27日は、早朝から商品を山盛りに並べるので早く来てくださいとのこと。始発に乗れば5時半に来ることができるし、もっと早くなら、自転車で来ますと答えたところ、6時半で結構ですとの答えでした。なんだ、楽勝じゃあありませんか。

 ところでここの社員さん、ずいぶん長時間労働しているらしい。我が部門の社員さん、私の出社する8時には必ずいるし、仕事を終える4時より前に帰ることはありません。多分朝7時から夕方6時か7時まで。それどころか、仲良くなった青果の人は、私のとなりの駅に自宅があるそうですが、毎朝始発では間に合わないので、自転車出勤なのだそうです。つまり家を出るのが4時か4時半ころ。また店長は、明け方豊洲に買い出しに行くので、2時半か3時に出勤しているとか。誰もが少なくとも1日12時間くらいは働いている模様ですが、詳細は不明です。

 いよいよ売り出しの27日。10時開店なのに、8時半ころからお客様方が並んでいます。まだ1時間半もあるのにと思っていると、皆さんあと10分で開店しますとの店内放送。たしか9時前に開店してしまいました。こんなフライングなど、へいちゃらなお店なのです。ドンドンお客様が増えてきて、お約束の10時に合わせて来店すると、もう混雑の極致なのです。そして、11時になるとピークは過ぎます(27日〜30日までは、一日中混雑していましたが)。大混雑になると、足の踏み場もないくらいで、食品の補充もままならなくなります。そのために、前日と当日の朝、商品を信じられないほどてんこ盛りにします。店内で小型の台車も使えないので、10キロくらいの段ボールを肩に担いで、隙間をぬって売り場に近づきます。それにしても、これくらいならあまり負担にならなかったので、社員さん達から誉めてもらったのはうれしかったです。

 なんでこんなに混雑するのか、それは確かに安いからなのでしょう。鮮魚、青果がどれほど安いのかわかりませんが、我が日販部門、通常の販売日でちくわぶが85円。通常私が通っている「ななつの愛(仮名)」では145円でした。なるとは100円ですが、他店ではいくらか知りません。ちくわぶ以外の比較はしていませんが、さつま揚げとか、佃煮などもそうなのだろうと思います。もちろん鮮魚、青果もそのような価格らしいのですが、具体的な価格差はわかりません。そして売り出しの蒲鉾にはショックを受けました。箱根駅伝で有名なトップブランドの特上蒲鉾が1100円、帰りがけに立ち寄った、ななつの愛では1700円でした。きんとんも黒豆も同様なのでしょう。

 朝、商品を陳列台に並べます。盛ると呼びます。盛れば盛るほど売れるのだそうです。ただし、商品の搬入は一日一回だけ(余ったものは、通常は冷蔵庫、倉庫から補充する)。売り切れご免なのです。厚焼き玉子(通常の商品280円、高級なもの450円)は、30日で売り切れ、31日には朝からゼロでした。お雑煮に欠かせないミツバ、30日の開店予定時刻20分後、実際の開店からは1時間半後には売り切れで、31日にはゼロ。数の子でさえ、31日にはほとんどなくなりました。

 31日、冷蔵庫、倉庫には朝から運ぶべき商品がほとんどなく、一日中遊んで暮らせると思っていましたが、さにあらず。朝から値引きシールをセッセと貼る作業が続きました。残った商品で、賞味期限が近いものは、半値近くの投げ売り。1月は1日から6日までお休みなので、とにかく売り切ってしまう作戦なのです。なお、社員はお昼時間のみ買い物可。割引はありません。最終日は、ずいぶん安くなっていましたが、この日はお昼も不可だそうで、勤めている間、ひとつも買うことができませんでした。丹波篠山の高級黒豆が売れ残り、半値くらいだったので、ひとつ欲しかったが、指をくわえて見ているだけでした。

 我が先輩が、びっくり市場のそばにお住まいです。勤務の間のお休みの日にお会いしました。こんどお店に行くからとのことで、ご来店いただいたようですが、残念ながらお会いすることはありませんでした。売り場にいるか、倉庫で力仕事をしているかなので、倉庫にいたときであったかと思います。先輩、通常は朝の10時ちょっと前にご来店されるのが良いみたいですよ。売り出しは毎年12月27日からなのですが、26日にチラシが入ります。お間違えなきように。開店時刻の1時間前にオープンしてしまい、その時間ならひどい混雑もなく、商品もたっぷりあるので、9時かその少し前に並ぶのが良いようです。私の部門では、蒲鉾、きんとん、黒豆の一番高い商品がおすすめです。一般スーパーの中級品の価格で購入できます。多分、鮮魚・エビ・カニ・魚卵も同様かと思います。

 さて、無事にアルバイトは終了しました。嫌な思いはほとんどなく、心配されたぎっくり腰もなく(社員さんのアドバイスで、腰のコルセット購入)、力仕事もそこそこできるんだという自信ももらいました。そうそう、中年のお客様から、「お姑さんから身欠きニシンを買ってくるよう言われたの、いったいどれが良いの?」と聞かれて、「お姑さんからのご依頼なら、本乾きのこちらでしょう」と商品説明ができたのは満足でした。本乾きの身欠きニシンを戻すのは、結構時間がかかります。自分でやったことがあるので、気持ちよく説明できました。売り出し前は夕方4時に仕事が終わるので、ずいぶん早い時間に自宅近くのななつの愛で買い物して、ご機嫌で帰宅。好きな晩ご飯を作って、今日は1万円くらい稼いだなとか計算しつつ9時ころ寝てしまうという生活の繰り返し。きつい売り出し期間中は、あと何日で終わりだとのカウントダウンがまた楽しみでした。身体的にボロボロになったのは指。軍手こそ使いますが、指がカサカサになって指紋がありません。スマホの指紋認証は今のところ使用不可。そして指先のアカギレが数か所、痛いです(3日経って、だいぶ良くなりました)。買いたかった商品、何一つ買うことができませんでしたが、今度はお客として行ってみたいと思っています。もしかしたら、大好きな御徒町吉池より上かも知れません。どなたか、ご一緒しましょうか。

   以上