◆不思議な分水嶺     

  常盤さんから、地理に関するお話を頂きましたので紹介いたします。

   
 あなたの学校に、ニノキンありましたか?薪を背負って、本を読みながら歩いている二宮金次郎(尊徳)です。私の小学校には、立派な像がありました、落書きだらけでしたが。江戸時代後期、小田原の少し上流、栢山という村に生まれた人だそうです。子供のころ、酒匂川の氾濫で田畑が流されるなど極貧となりましたが、刻苦勉励に励み、ついには幕府の重役にまで上り詰めたそう。明治の治世になり、報国の思想が教育に使われ、神の地位を賜ったらしいです。なお、最近は歩きスマホの弊害が叫ばれ、座像が作られているらしいです。これが酒匂川。

 兵を挙げた頼朝の陣に、ひとりの少年が訪ねてきた。奥州から兄を慕って、はるばるやってきた源義経であります。黄瀬川で涙の対面を果たし、平家追討に拍車がかかるのであります。その後の悲劇も含め、歴史的な出来事、場所でありますが、三島と沼津の中間にある八幡神社に、対面岩というものがあるそうです。これが黄瀬川。

 昭和33年、大きな被害を出した狩野川台風。狩野川は、伊豆半島中央付近を北に流れますが、沼津の河口近くで黄瀬川と合流し、駿河湾へと流れ込みます。黄瀬川は、富士山東麓を南下し、合流するのが河口近くですので、黄瀬川が狩野川の支流という関係ではありませんが、流域という観点からは、大ざっぱにひとつの川と致しましょう。

 そして、酒匂川、黄瀬川、両方を統括するのが、JR御殿場線です。現在はローカル線に成り下がりましたが、丹那トンネルが完成する昭和9年までは、この路線こそが東海道本線でありました。山北駅から25パーミルという急勾配が控え、ここで補助機関車の連結がされたという、碓氷峠手前の横川駅と並ぶ重要な駅でありました。当然複線だったわけで、単線となった現在も、廃棄された橋脚とか、使われなくなったトンネルなど、車窓の風景としては、第一級かと思われます。またD52というSLが、昭和40年代まで走っていて、ファンで賑わっていたことがあったそうです。始点の国府津まで、私の育った町からたった20分だったのに、絶対に見物に行くべきだったのに、時代の先を見極める目を持たず、残念なことをした私です。

 さてこの御殿場線ですが、東海道線国府津から酒匂川沿いに北上し、足柄峠から静岡県の御殿場を経由して、沼津に達すると考えがちです。まあその通り、反時計回り(当然ながら、上りは時計回り)に箱根山を北から回避しています。酒匂川は、山北の次の駅、谷峨の先でふたつに分かれます。北に、丹沢湖、西丹沢方面に向かう(流れは逆です)と河内川と呼ばれ、御殿場線沿いに上流に向かうのを、鮎沢川と呼ぶようです。

 山北、谷峨は神奈川県、駿河小山は、駿河ですから静岡県です。谷峨と小山の間に足柄峠があり、そこが鮎沢川(酒匂川)の源流と考えるのが自然ですよね。ところがです、いつのまにか神奈川・静岡の県境を過ぎ、小山の町中を流れているのは、なんと鮎沢川なのです。峠なんてないのです。このあたりでは鮎沢川は南に向いています(南から北に流れている)。次の駅が足柄、しかしまだまだ峠はありません。川沿いなので、トンネルすらない。そしてついには御殿場です。混雑で有名な御殿場アウトレットは、鮎沢川のすぐ脇にあります。ここは、御殿場市街のはずれであり、富士山麓の緩い斜面ではありますが、平野ということになります。上流はいくつにも分岐していますが、そのうちのひとつが、御殿場駅のホームの近く(国府津寄りホーム端から150メートルくらい)で、線路を横切っているのです。

 つぎは黄瀬川です。沼津と三島の中間あたり、狩野川との合流点から東海道線、新幹線を横切り、御殿場線、東名高速、R246に沿って北に向かいます(流れは南下)。裾野を過ぎ、南御殿場あたりで御殿場市街となりますが、このあたりは、鮎沢川上流と同様、富士山麓の平野なので、いくつにも分岐しています。そのうちのひとつが、御殿場駅に向かっています。御殿場駅の沼津寄りホーム端から200メートルくらいのところで、御殿場線の線路を横切ります。

 何を長々書いているのか(たぶん読んでくれない)。御殿場駅前のバス停があるあたり、平らに見える市街地が、鮎沢川・黄瀬川の分水嶺であること、変わり者の私には、なんとも奇跡のように感じられるのであります。ホームのあっちの端で立ちションすると相模湾、こっちですると駿河湾、とてつもないことでしょ。

 今回、神奈川・山梨・静岡の三県境を目指して、どこにでもありそうな名前の三国山に登りました。御殿場と山中湖を結ぶ籠坂峠近くから御殿場側に下山したのですが、道路わきに流れる川は、相模湾に向かうのか、駿河湾に向かうのか、同行の田中君と話題になったのです。御殿場周辺の分水嶺が、複雑なことは知っていましたが、今回子細に調べたところ、相模湾に軍配が上がることが判明したのでありました。
 
 なお、御殿場線が上流に向かい、越えると思っていた「足柄峠」ですが、確かに存在します。箱根仙石原からも、御殿場市街からも、頭の上に金時山がそびえています。そこから北方向に稜線が伸びて、矢倉岳へと続くのですが、その間の鞍部です。明神ヶ岳の登山口である大雄山から、この足柄峠を越えて御殿場線の足柄駅付近を結ぶ道があります。鮎沢川沿いに行くより、この峠越えの方が少し近いようです。しかし、つらい思いをして標高の高い峠を越えるなんて、どうしても理解できません。駅などで、目の前に階段があり、100メートル離れたところにエスカレーターがあれば、迷わず遠回りを選択するワタクシです。

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