◆18時間の長丁場    

  常盤さんから、鉄道旅行のお話を頂きましたので紹介いたします。

 
 エドモンドヒラリー卿によるエベレスト登頂が報道され、今西壽雄氏によってマナスルが落とされ、空前の登山ブームに沸いた昭和30年代。我が国では、谷川岳、とくに一ノ倉沢が注目を集めました。ボルト、アブミなどを駆使した人工登攀技術が確立され、これまで未踏だった岩壁に、次々と足跡がしるされました。

 主だったルートの開拓が進み、若者が山で名をあげるためには、さらに過激な方法で初登攀を獲得する必要が生じました。単独で、または厳冬期にステージを移すことを余儀なくされ、命がけとも言えるような登攀が実行されました。雪崩の危険をかいくぐっての登山にどれほどの価値を与えるかは、議論されるべきところと思いますが、遅れてきた方々にとっては、致し方なかったのかもしれません。

 さて、山野跋渉と電車に乗るくらいしか、趣味のないワタクシです。山野のほうは良いとして、さすが鉄っちゃんと尊敬してもらいたいと、常々念じております。しかし、若いころの基本ができていない、体系的な勉強をしたわけでもない、普段の努力も足りません。こういった閉塞状況で、自分をアピールするためには、一発「でっかいこと」をやってみせる必要があります。

 そこで、飯田線一気通貫であります。中央本線・大八回りの辰野から、天竜川に沿って延々195.7キロ、愛知県豊橋との間を結ぶ飯田線です。直通列車は一日3本だけ。平成29年4月現在、辰野発は9時59分、15時56分、16時46分です。鈍行列車のみ、日帰り、単独で飯田線を制覇できれば、厳冬期の一ノ倉・滝沢・三スラをやっつけるのと、同じほどの価値があること必定です。完遂できれば、多くの人から尊敬を集めることができますよね。

 鈍行列車、日帰り、そうです、青春18切符の登場です。価格は11850円、夏休み、冬休み、春休みの前後に使えます。今年の春休みは、3月1日から4月10日に使用可能と設定されていました。1人で5回使っても良いし、5人でいっぺんに使っても構いません。ヤフオクで、4回使用済みの残り1枚を購入します(大黒屋などでは、在庫の関係で入手が難しいかもしれません)。今回のオークション、3800円と結構高い買い物になりました。

 じつは、この偉大なる計画、数年前から大まかには調べてあったのです。しかし、飯田線6時間乗車に本当に耐えられるのか自信がなく、躊躇の連続でした。そしてワタクシ、還暦も過ぎ、体力の衰えを痛切に感じる昨今、今やらずに万一のことがあったらどうするんだ、自分自身を叱咤激励し、ついに実施することに決した次第です(ホントは、火曜の朝に18切符の期限を知り、その直後にヤフオクで切符購入、土曜に実行という気まぐれでした)。

 予定の電車です。東武東上線・上板橋〜池袋、山手線・池袋〜新宿、中央線・新宿〜八王子、中央本線・八王子〜岡谷、飯田線・岡谷(辰野までは中央本線)〜豊橋、東海道本線・豊橋〜浜松、浜松〜熱海、熱海〜品川、山手線・品川〜池袋、東武東上線・池袋〜上板橋。我が家を4時44分に出発し、必要な食糧などを購入、東上線の始発に乗車します。乗り継ぎが奇跡のように素晴らしく、時間が10分以上あるのは、朝の新宿19分と豊橋の26分のみです。逆に言うと、ホームにキオスクがあれば別ですが、途中での補給がほとんどできないということで、すべてを事前に用意する必要があります。予定どおり進んだ場合、上板橋到着が22時29分、22時40分帰宅ですから、18時間の長丁場ということになります。と、ここまでは事前調査。

 4月8日(土)4時前に起床、これはいつもの朝と大差ありません。ゴミ出し、シャワー、朝食、トイレなどルーティンを済ませて、まなじりを決して出発です。東上線の電車の中で、田中後輩、キムコ後輩、かまちょふ後輩に、本日の予定を発信しました。18時間の間中、メールのやり取りで、難行苦行を実況報告です。

 新宿で、1本早い中央線に乗って八王子。乗り換え時間が10分くらいあるのでエスカレータを上ります。ちょいと買い物、ええい、まずは500ccとつまみ。そうでした、食料はお握り3個とヤマザキ・ランチパック3個、お茶500tです。外国で、トイレは入れる場所があったら必ず入ること、列車ローカル旅行では、ビールは帰るところで買うこと、タバコは吸えるところで吸うこと、が基本です。

 八王子あたりでは通勤電車、ロングシートでの飲食ははばかられますが、こっそりとグイッと飲みます。上野原、藤野のあたりで、もう飲み終わりました。甲府での短い停車時間に2本目。今度は、ランチパックをつまみにグイッと。電車の揺れで、ビールが空中に放り出され、床に着地。となりのおばさんにかかった訳でもないのに、すぐさま退避されました。なんだよ、失礼なやつだな!キムコ後輩に報告したら、朝から電車でビールなんて、バカじゃないのというお叱り。

 日野春駅で喫煙停車(スーパーあずさに抜かれる)、40年以上前にもあった床屋、こぎれいになって、今でも営業しています。さて、ビール1000tとタバコ1本で、なんだか気分が悪いです。発車してすぐにトイレに駆け込みます。ゲエエ。悪いものを出せば、すぐに回復します。小淵沢、富士見、茅野、上諏訪、下諏訪、そして岡谷で乗り換え。飯田線、けっこう混んでます。4人掛けシート独り占めではありましたが、隣の席に、かわいいお嬢さんが座ります。こちらは、必死にお茶を飲んで、居眠りしたりして、元気回復に努めます。

 しばらくして目覚めると、多くの乗客が下車してしまい、みんな別々の席に分かれて座っています。ところが、お嬢さん、なんとなく私のとなりの席に座っているではありませんか。おお、これぞ天からの授かりもの。軽く声をかけます。「ずいぶん空いちゃったね」「あ、すいません」と移動しそうになったが、まあ良いじゃありませんかと引き止めます。

 「へええ、そんでどこ行くの」、大鹿村に姉がいて、そこに行くそうです。ええ?大鹿村?今度行く遠山郷のすぐとなりじゃん。なんで、そんな山奥にお姉ちゃんがいるのか不明です。当然ながら、根掘り葉掘り質問です。3月の公演が終わったので、姉といっしょに関東方面に旅行に来て、途中で別れたが、今日合流するんだそうで、公演て何?

 熊本の「天然木(てんねんぼく)」という家族6人でやっている劇団の一員だそうで、ググってみれば、おおなるほどね。おとといは、渋谷のラブホ街にある妙法寺という寺に泊まったりしたそうで、渋谷なら土地勘のあるワタクシ、ああ円山町か。道玄坂の上のあたりね。でも道玄坂は知らない様子。井の頭線一駅、神泉でしょ、東電OL殺人事件のあったところだよ。これも知らない。そりゃあそうでした、事件は1997年に起ったもので、お姉ちゃんの生まれた年だそうで、彼女は1999年生まれだそうでした。な、なんと、17か18歳。南沙織とおんなじじゃあありませんか。

 楽しいお話に夢中になって、時のたつのも忘れていました。3人の後輩への通信も、当然途絶えました。田中後輩は、冷たい雨の中、接待?ゴルフ、キムコ後輩はお母さん孝行だったそうです。お嬢さん、上片桐という駅で下車、松川ICに車が迎えに来ているそうで、来なかったら歩いてゆく、なんとも天真爛漫な方でした。凛ちゃんという名前です。

 あとは一人旅。飯田は前にも来ましたが、飯田線沿線では巨大都市で、広い平野にビルなどが立ち並んでいます。ところが、ほんの15分もたって、駄科という駅の先でトンネルを抜けると、あっという間に風景が変わります。天竜川と飯田線と国道くらいしかありません。さらに天竜峡という、いかにも観光地の駅から先は、それこそ何にもありません。ただし、電車はそこそこの乗車率で、何人もの人たちが、パチパチ写真を撮っています。同類でした。

 佐久間ダム、私が小学校低学年の時は、日本最大のダムでした。すっきりとしたコンクリのダムで、男らしい。そして黒部ダムができて、これが今でも人気ナンバーワン、アーチ式の美しいダム。そのあとたしか高瀬ダムがナンバーワンになったと思いますが、ただ、巨岩を積んだだけで、なんだ、でくの坊じゃないの。そのあと、もっと大きいダムができたと思いますが、もう何が一番か知りません。

 その佐久間という駅、往時の面影があり、家がたくさんありますが、住む人はあまり多くないようです。駅前にりっぱなコンクリ造りの佐久間中学、の廃校があったりします。隣の駅は中部天竜。近くにダムがあるのですが、残念ながら電車からは見えません。

 中部天竜を出てから数分後、何気なくとなりの川を見て驚きました。電車は上流方向に向かっているのです。どうなっちゃったのかしら?地図でわかりました。天竜川とはお別れしてしまったのです。10分ほどさかのぼり、池場という駅のあたりからは、豊川の上流域に入ってしまうのでした。伊那谷から三河であります。三河なんとかという名前の駅が連続します。こうなると、もう面白くないです。ただ、長篠城駅のすぐとなりにお城(跡)があり、おお、長篠の合戦じゃん、深い谷の上に城跡があり、勝頼君、そりゃあ苦労したろうな、です。長篠の合戦と言えば、鳥居強右衛門だよな、かまちょふ君とやり取りした直後、次の駅は鳥居でした。もちろん強右衛門さんが磔になったあたりらしいです。

 ここから先も、三河、三河、なんとなくケチが売り物で、自慢にならないよなあと思いつつ、西武線30分、所沢のような、近郊農業と住宅地が入り混じった地域を進みます。そして、豊川を過ぎて豊橋です。ここで20分くらいの時間がありましたが、1本前の掛川行きにすぐさま乗車。3両編成で混んでいましたが、何とか座れました。浜松まで前進。

 浜松始発の次の電車まで、少し時間があります。本日初めて駅の外に出ました。日野春以来2本目のタバコです。次の電車は、熱海まで2時間半、6両編成。前の3両編成にトイレはありましたので、当然これにもあるはずと探しましたが、なんと無トイレ車でした。こりゃあいかんです。せっかく楽しみにしていた、本日3本目のビール、控えねばなりません。田中後輩にSOS発信したら、良く調べたもので、10分後の次の熱海行きには付いてますとのありがたい情報。それじゃあ、ぬるくならないうちにグイッとやりましょう。

次の電車というオプションがあったためか余裕があり、ビールを飲みつつ、熱海まで直行することができました。もう、熱海まで来ると、自分の庭のようなものです。熱海発小金井行きアクティに乗車。静岡から、神奈川、東京、埼玉を経て栃木まで直行する、驚くべき長距離電車です。横浜で湘南新宿ラインに乗り換えて、池袋〜上板橋、帰宅は22時39分でした。10時40分に帰るよ、1分早着。出発が4時44分だったので、17時間55分の長旅でした。

 今度は夏休みでしょうか。高崎線〜上越線〜磐越西線〜東北本線と乗り継いで、新潟、会津、郡山も一日で可能みたいです。


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