◆登山靴について(トレイルランシューズのすすめ) 

Tokkeyさんから登山靴についてのお話を頂きましたので紹介いたします。

  T.登山靴を購入する 

 昭和47年2月にすべての入学試験を終え、まだ結果は出ていない段階で、私はアルバイトを始めました。ダンボールになにやら印刷する工場で、日当1500円くらいだったかと思います。早稲田大学に入学が決まったあともアルバイトを続け、20000円くらい貯めることができました。

 このお金は登山靴購入のためのものでした。前年から「大学に入ったら山登り」と決めており、大学の下見を兼ねて都内の有名ショップを回ったりして、登山靴の品定めをしていました。外国の製品なら、ヘンケ・モンブラン、ローバー・チベッタ、ノルディカなどがよく売れていたようです。国産なら高橋がトップブランドでしたが、2番手はなんとも決めようがないくらい、群雄割拠という状況だったと思います。

 その日、私は30000円という大金を握り締めて、四谷にあった「欧州山荘」というショップに突入しました。なんと臭いネーミングなのでしょうか。ひげをはやし、ベレー帽をかぶり、パイプをくわえたおっさんが、ブラックコーヒーを飲んでいる、当時はそんな雰囲気がかっこよかったのですね。なおこの店のオーナーは大倉大八さんという方で、芳野満彦さんとともにアイガー北壁日本人初登攀に挑戦された方です。私が高校生のころ、「山と渓谷」に新田次郎の「栄光の岩壁」が連載されていて、その中で主人公の重要なパートナーとして登場します。

 さて、いよいよ靴の購入です、と言っても40年近く前の記憶ですが。当時ヘンケのみ突出して高価で、たしか57000円くらい、ローバーが29000円くらいで、ぎりぎり購入可能。ノルディカは16000円くらいだったので、案外安く感じられました。そして実際に購入したのは、国産の「菅野オリジナル」という重登山靴です。価格はなんと21000円でした。使用している皮革がなめらかで、しっとりしていて、たいそう気に入った一品でした。これから1〜2週間後に、これを持って野歩の会入会となるのですが、そんなことはこの時点ではもちろん知る由もありません。

 菅野の靴は、耐久性その他、かなり程度の高い靴だったかと思うのですが、自分の足に合っていませんでした。特に1年の夏合宿では、かかとの靴づれでひどい目に合わされました。足にあってきたのは、かれこれ30日くらい使用してからです。靴底の張替えを3回行い、大学4年間はこの1足で通しましたが、最後は裏側の皮が擦り切れて、ついにお役御免となりました。

 その後、飯田橋の双葉で、裏側に羊の毛がもこもこしたスキー兼用靴をオーダーして、悦に入ったりしました。抱えていっしょに寝ることはありましたが、実際には使用しませんでした。そのころ実際には皮革製の軽登山靴をしばらく使用していたかと思いますが、ほとんど記憶がありません。そして次に、高田馬場にあった「トップ」でまたも重登山靴を購入です。これを10年くらいは無雪期に使用しましたが、その後はナイロン製にその座を譲り、それでもその後15年ほどは、雪の山に行くときに使用しました。およそ25年もの長寿靴でした。

 ナイロンのトレッキングシューズを初めて使用したのは、1990年です。その軽さと、靴底の柔らかさからくる歩きやすさにびっくりしました。ただし使用回数50日ほどで靴底が磨耗し、滑りやすくなります。だいたい3年に1回くらい、この20年間に7足くらい買い換えたかと思います。最初のトレッキングシューズは水の浸透に悩まされましたが、2足目からはゴアテックスのものを選んだため、満足度は飛躍的にアップしました。

 ある夏に、後立山連峰をテントを背負って縦走しました。負担重量が15キロを少し超えており、一歩一歩を踏み出すたびにかかとが浮くように感じられました。そのため靴紐をきつく結ぶこととなり、帰ってから仔細にながめると、靴紐を通す部分が伸びてしまっていました。

 このことがあったため、翌年は皮革製の重トレッキングシューズ(おかしな表現)が欲しくなり、巣鴨ゴローにて「ブーティエル」というシューズを購入。およそ30000円の高級靴です。ところが、オーダーで足型を採って作ってもらったはずなのに、足に合いません。まだ使えるのでもったいないので今でも時々使いますが、残念な一品です。なおこの靴は靴底が非常に硬く、ナイロンのトレッキングシューズに慣れた身には、たいそう歩きづらく感じられます。

 これを踏まえて、ゴローでもう一足オーダーしています。「S−8」という、昔ながらの登山靴です。トップの登山靴が25年の生涯を全うしたため、雪山用にと2年前に購入しました。硬い靴でいつもいつも悩まされていたかかとの浮きに対処するため、今回は深型にしてもらいました。また「ブーティエル」本体を持参し、お店に残っている前回の図面や、実際にどのように合わないのかなどを検証して作ってもらいました。そのためか、この靴はかなり満足のいく出来ばえとなっています。

 さて現在40歳以上の方は、学生時代にほとんど誰もが重登山靴(ザングツ)を使用されていたかと思います。年齢がそれ以下の場合、ナイロン製のトレッキングシューズ以外は使ったことがないというケースが少なくないでしょう。その分かれ目は、学生時代が昭和だったのか平成だったのかであり、非常に明解です。そして、平成はすでに20年を超えていますが、いまでもこのナイロン製トレッキングシューズが主役のままです。

 ところが数年前から画期的な新製品が登場し、市場を席巻する勢いがあるため、ご紹介します。それは「トレイルラン」と呼ばれる競技に使われる「トレイルランシューズ」です。「はきよい、強い、かっこいい」とは、力王たびの伝説的キャッチコピーですが、トレイルランシューズは、まさに「はきよい、軽い、かっこいい」のです。力王たびとはちょっと違いますが、私たちの登山形態なら、今のところ理想的なシューズであろうと思われます。

 まずは軽さです。たとえば先ほどのゴローの靴。カタログによると、同じ25.5センチで、S−8なら1050グラム、ブーティエルだと670グラムだそうです。一般的なナイロンのトレッキングシューズも同様に600〜700グラム程度。しかしこのトレイルランシューズなら400〜500グラムほどです。脚下での200グラムの差は、数字をはるかに上回ります。

 次にグリップの性能についてです。これを履いて山野を跋渉するのですから、滑りやすいはずありません。乾いた岩など、まるで足に吸い付くように感じられます。また靴底がしなやかであるため、舗装された道路での不快感もかなり緩和されています。ただし、ビブラムでも苦手な濡れた岩、苔の生えた岩、濡れた木の根など、より滑りやすい場面ではどのような威力をはっきするか、私は経験が浅いため良くわかりません。

 トレイルランシューズには、くるぶしを覆うタイプ(ミドルカット)とふつうのスニーカーのようなタイプ(ローカット)とがあります。ショートパンツ姿で走っている人の多くは軽さを追求し、ローカットタイプを使用しているように見られます。しかし長い間トレッキングシューズに慣れ親しんだ私たちには、ミドルカットタイプのもののほうが安定感を得られるものと思われます。

 トレイルランシューズの弱点をふたつ。@靴底が柔らかいこと。登山道や舗装道路においては、桁違いに歩きやすいのですが、雪に弱いことは明白です。朝早く、硬くしまった雪渓などでは、若干滑りやすいかもしれません(若干です)。またキックステップ技術は使いにくいかと思いますが、これはトレッキングシューズもいっしょです。そしてA耐久性です。グリップ力が高いということは、イコール靴底のゴムが柔らかいということで、使用可能日数が少ないことは理解しておかねばなりません。トレッキングシューズが50日程度なら、トレイルランシューズは30日程度が買い替えの目安になるかと思われます。ただし山での使用を終えても、街中でのウォーキングなら十分使用可能です。

 その価格、トレッキングシューズが15000円くらいから30000円、皮革製のブランドものだと40000円以上するものがありますが、トレイルランシューズなら、10000円から15000円くらい、最高で20000円くらいです。

 新宿、池袋、御茶ノ水などに「エルブレイス」というおしゃれで巨大なアウトドア専門店があります。じつはスキーの「Victoria」が名前を変えただけで、なあんだ、なのですが、こういった新興のショップはもちろん、さかいやスポーツ石井スポーツ秀山荘など、伝統的な名店でもこのシューズの売り場面積が増えているように感じられます。

 とにかく軽く、足入れ感が良い、きゅっと締まる。身体が軽くなるような気分です。どうか薄手の靴下を持参し、一度ショップに足を運んでみてください。使用可能期間が30日であれば十分ではないですか?人によって差がありますが、3年から5年くらいは使えるはずです。トレッキングシューズの経年劣化が問題になっていますが、いずれにしたって、シューズは5年くらいが使用の目安になっているのですから。



U.私のトレイルランシューズの紹介


@現在使用中のトレイルラン
 1年半前に購入、10000円くらい。本気で走るつもりだったので、なるべく軽いものをと、 ゴアテックスでないものを買ってしまった。ちょっとの水溜りでも濡れてしまいます。これは失敗。外秩父七峰縦走(44キロ)ハイキング大会では濡れているところは一ヶ所もなく、12時間履きっぱなしでも快適でした。



A先代のトレイルラン
 4年位前にバーゲンで購入、8000円くらい。トレイルランシューズがどんなものかよくわからなかったのですが、その快適さにショックを受けました。30日くらいハイキングに使って、かかとの部分が磨り減ったので退役。その後、街中でずいぶん履いています。



B先代のかかと部分
 ほとんど溝がなくなってしまい、一層下の部分が見え始めています。グリップ力はなくなっており、ザレ場などでは滑ってしまいます。





V.自分の知っている登山靴の歴史(およそ40年間)

 鋲靴、戦前から昭和30年代まで売られていたものと思われます。靴の底にいろいろな種類の鋲が打ってあります。ヨーロッパアルプスなどで、氷河上を歩くのに適していたと聞いています。非常に高価なものであったに違いなく、登山のステイタスとして、今でもピッケルとともに、バッジなどのデザインになっています。ビブラムの登場で一気に姿を消しましたが、私が登山を始めたころ(昭和45年)の入門書には、ビブラムは歩きやすいが、鋲靴でしっかり基礎を固めたほうが良いとの記述がありました。つまり、その数年前までは使われていたものと想像できます。実際に履いたことはありません。

 キャラバンシューズ、昭和29年発売、昭和30年代から40年代はこれがハイキングシューズの定番でした。昭和の終わりころまで売れ続けました(平成15年生産終了)。現在60代の先輩方の多くがこれのお世話になったものと思われます。私は高校1年のときに買ってもらい、高校生のときはこれを愛用していました。

 表出し皮、鋲靴の裏をそのままビブラム(ゴム底)にしたような靴。皮革の表が出ていて、普通の靴と同じです。先輩方はすべてこれでした。メンテナンスは靴墨で磨いたものと思われますが、先輩がたの靴は手入れがされていなく、たいていぱさぱさだった記憶があります。靴のつま先部分がまあるくて、靴底がたいていそっくり返っていました。たぶん、昭和30年代後半から普及し、40年代半ばころまで全盛だったと思われます。

 裏出し皮、私が初めて買ったのがこれです。皮革のもっとも大切な部分を裏にして、表面は裏のケバケバ部分が露出しています。大事なところが保護されているのだから、こちらのほうが防水性その他良いに決まっているというふれこみでした。表面は防水クリームなどを薄く塗って、ていねいにブラッシングします。今でも売られている重登山靴は、ほとんどすべてが裏出しなので、そのふれこみは確かだったのでしょう。
 この種類の靴はクライミングにも使われ、底の硬い、背の高い靴がもてはやされる時代がきました。ガリビエール・スーパーガイドRDという、かちかちの靴が売れたのは昭和48年ころのことです。つま先が岩のでっぱりにちょっとでも引っかかれば、底が固いために安定するとのことでしたが、これで林道を歩くのは拷問のようであったろうと推察できます。ふにゃふにゃの柔らかいクライミングシューズの登場で、あっという間に退場となりました。クライミング技術も根底から覆りました。

 トレッキングシューズ、平成の初めころから今でも主流はこれです。要するにキャラバンシューズの改良型。主たる部分はナイロンで、強度が必要なところは皮革で補強してあります。最初は水濡れに弱かったのですが、ゴアテックスをラミネートすることで弱点を克服することに成功しました。最強のシューズとして、長く王座に君臨し続けています。これにはすべて皮革の豪華版があります。ブランドではローバーがナンバーワンです。私が大学入学前に購入を見送ったローバー・チベッタの後継品です。40000円以上する高価なトレッキングシューズで、足入れ感覚など良いらしいのですが、ちょっと価格が折り合いません。靴底は張り替えられると聞きますが、張替えに10000円以上するとのことで、それならナイロンの普通のトレッキングシューズが新しく買えてしまいます。こんなわけで、宝くじでも当たらない限り、使うことはないと思います。


   以上