◆雪山で低体温症になった話   

  常盤(豊)さんから自主ワンの御報告を頂きましたので掲載いたします。

 

 今年の9月に、中学の同窓会がありました。小学校から高校まで同じ学校、特に高校のときは、いっしょに登山を始めた終(end)君と再会しました。終君は仙台在住で、近隣の山に登っているとのこと。1月に雪山に行こうと意気投合しました。仙台市の郊外に、奥羽山脈・船形山系の泉ヶ岳という手ごろな山があり、1月に訪問する予定です。

 この泉ヶ岳は、仙台駅から1時間ほど、標高1175メートル。地元では絶好のハイキングスポットとして、にぎわっているそうです。しかしさすが仙台、山麓にはスキー場があり、冬場は完全な雪山になります。それなりの装備と準備が必要です。

 泉ヶ岳登山に備えて、いくつかの装備を購入しました。@ストック、レキとかブラックダイヤモンドといきたいところですが、某国製の3000円くらいの安物。ストック嫌いなんですよね。多分、今後は使いません。A6本爪アイゼン、12本爪と4本爪のものは持っているのですが、今回は6本爪が適当と思いました。今後、近くの低山でも使う機会がありそうです。モンベルです。B輪かん、新雪直後は、ラッセルとなる可能性があるそうです。マジック・マウンテン社製の黒いやつ。Cオーバー手袋・毛糸の手袋の上にはめます。40年前、親指との二股ミトンでしたが、今のものは、プラス人差し指(三俣)で、ピッケルなどを持つのに便利だそうです。

 ストックですが、先日笹子雁ヶ腹摺山で使ってみました。安物ではあるが、最低の強度は保ちたいからでしょうか、3段式で異常に長い。回りの人をエイっとやってしまいそうです。でもまあ、きちっと締まるし、スルリと緩むし、実用には問題ないです。ただ予想通り、肩がこるし、好きになれません。

 アイゼンはラチェットバックル式というもの。ギザギザのプラスチックベルトでバチバチっと締めます。とても簡単です。靴のサイズに合わせて調整しておきます。前週、陣馬山で装着してみました。両足2〜3分で完了です。アイゼン歩行は、一応の経験がありますが、脚下が重いと大層疲れます。これまでもよほどのことがない限り、ノーアイゼンでバランス歩行でした。

 輪かんはまったく初めて。家で説明書を見ながら、装着の仕方を覚えました。思った以上に、簡単に締められます。グラグラすることもありません。ガニ股で歩けば良いんだよね、きっと。

 12月26日から27日にかけて、日本列島を低気圧が通過。東京でも冷たい雨となりました。28日は低気圧が猛烈に発達して、関東平野を除いた全国が荒れ模様。ナイスじゃありませんか。前日の雨、標高が高ければ雪のはず。冬型ならば、丹沢や奥多摩は快晴が約束されます。ちょっと雪が深そうで、標高差1000メートルくらいの山。目的地は、奥多摩・石尾根の鷹ノ巣山と決定しました。

 石尾根は東西に伸びており、西には雲取山があり、東は奥多摩駅のすぐ脇まで続いています。北の稲村岩尾根と南の浅間尾根から頂上に達することができます。雪を求めてなので、北の稲村岩尾根から登ることにし、調子よければ奥多摩駅へ、そうでなかったら浅間尾根経由、峰谷下山としました。

 今回、試したかったことがいくつかあります。@輪かん歩行の実際は、どのようなものなのだろうか(とにかくこれが一番)。A鷹ノ巣山で予想される、零下5℃くらいの気温で、軍手は役に立つのか(軍手大好き)。iスーパーで買ったファーストダウンというブランドの、実際にはフェザーと綿のダウンジャケットは快適か。B零下5℃だと、あたたかいお茶と冷たいお茶のどちらがうまいか(両方持っていった)。Cはやりの膝矯正タイツは、寒い時にどのような感じになるのか。Cスマホとカメラの予備電池の劣化を防ぐために、ホカロンを同封するアイデアはどうか。

 12月28日(土)、大掃除もせずに、朝の電車に乗り込みます。奥多摩駅に8時29分に着いて、ダッシュでバス乗り場へ。8時35分のバスに乗る。のつもりしたが、今回、東日原行きのバスに乗ったのは、10人くらい。途中の川乗橋で半分くらい降りてしまい、終点までいっしょだったのは5人ほどで、肩透かしでした。

 9時05分に歩き始めて、5〜6分後に日原川に向って下ります。地形図でそのことを知っていたので、あわてませんでしたが、エアリアマップだけでは気づかないかも知れません。巳ノ戸橋で沢を渡り、いよいよ登り始めます。ここの標高はおよそ550メートル。頂上が1737メートルですから、およそ1200メートルの登りです。

 しばらくは小さな沢沿いに登ります。雪と凍結部分が出てきます。小橋で沢を渡るときなど、滑らないように注意が必要です。30分ほどで沢を離れ、左の斜面を登るようになります。だんだんと凍結部分が多くなり、谷に滑り落ちないよう緊張する場所が増えてきます。この時点で、ストックはザックの脇、アイゼンはザックの底のほうです。

 なお服装は、ジャケット、スパッツなし、手袋は軍手、毛糸の帽子です。次第にきわどい道になり、木の根っことか、雪の付いた岩などに頼りながら進みます。せめてストックが欲しいところですが、100メートルくらい先に標識が見えます。そこから稲村岩尾根のようなので、我慢して慎重に登りました。

 稲村岩という標識、すぐうしろにその岩塔の頂上らしきものがあります。そして、ここまで進んできた方向に「冬期凍結のため、通行注意!」の看板。ちょっと無理をしました。ここからは尾根上を登ってゆきます。危険な箇所は少ないはずです。

 一息入れて、一服吸ったらスタートです。予想されたとおりですが、だんだんと雪が深くなってきます。1時間、400メートルくらい登ったところで、いよいよ輪かん装着です。ラッセルされた雪道なので、必要というわけではないのですが、今回の主目的です。休憩、給水(冷たい水)、お握り、一服、スパッツ、ストック、輪かん、20分くらいかかりました。

 まず、新雪数10センチ、ラッセルされていない部分で試してみます。一歩一歩が大変です。そういうわけか、やはりラッセルをたどります。もちろんストックが役に立ちます。でもラッセルされた踏み跡は、それほど広いわけではなく、うまくガニ股で歩けません。自分で自分の輪かんを踏んでしまい、たびたびよろけます。それを防ぐためには、大股で歩くことです。とにかく疲れます。ツボ足の倍くらいの疲労感でした。

 うしろから、ツボ足の人が追いついてきました。グングン差がつまり、ヒルメシクイのタワ直前で道を譲ります。「輪かんとはすごいですね」(多分、こんなとこで何やってんの?と思ったのでしょう)。「いやあ、練習なのですが、もうまいりました。この先で脱ごうと思います」。こんな会話。筋肉も疲労するし、汗は出るし、息は上がるし。こちらもツボ足に戻ります。ただ、輪かん歩行とはこういうものか、わかっただけで十分です。

 石尾根の北側から登るので、背後の景色しかありませんでしたが、12時56分、頂上に出たとたん、丹沢、富士山などの景色が広がりました。江ノ島が霞んで見えていたので、鷹ノ巣山は、私の高校からも見えていたということなのでしょう。なお、頂上でジャケットを着たので、そこまでは寒さを感じず、飲んだのも冷たいお茶です。軍手も少し濡れていましたが、それほど冷たく感じません。まあ、ザックの中に毛糸の手袋、オーバー手袋もあるし。

 頂上には先行者が3人ほど、しばらくで峰谷方面からと思われる人が2人。石尾根を縦走して、奥多摩駅まで下る人がほとんどでしたが、私はヘトヘトだったので、縦走を断念し、峰谷へと下ることにしました。峰谷発のバスは13時25分と16時20分のみ。頂上に11時過ぎに着くことができれば13時25分、そうでなければ、鴨沢西発の峰谷橋15時29分(峰谷〜峰谷橋間3キロくらい)に乗るつもりでした。13時10分下山開始。もちろん13時25分には間に合わないが、峰谷に14時50分までに到着し、さらにもうひと踏ん張り、およそ3キロを40分で、峰谷橋です。15時29分ならギリギリ間に合いそう。

 痩せたナイフリッジのような場所を下り、巳ノ戸ノ大クビレにある避難小屋(以前ここに泊まりに来たことがある)を通過します。避難小屋が1600メートルくらい、奥集落が900メートルくらい、その差700メートル。1時間あれば十分と思っていましたが、意外と手ごわい。平らな部分が多く、なかなか下ってくれません。気ばかりあせりましたが、14時20分、奥集落にようやく到着。

 ここから林道とそれをショートカットする山道を拾って、さらに下ります。標高差300メートルほどで峰谷バス停ですから、まあ30分。そのとおりになりましたが、平らな林道をさらに10分歩いて、15時にようやくバス停です。残り3キロ、29分で下ることは不可能です。峰谷発のバスは16時20分ですから、ここで1時間以上待つしかありません。それとも、時間つぶしに下っていき、峰谷橋あたりでそのバスに乗るか。

 バス停近くの、唯一のよろずや、「こんちわー、ビールありますか?」「ええ?ビールはないよ」お店はここしかないのです。お菓子などは置いてあるのです。なぜなのでしょうか。「どこかに酒屋さんとかありますか?」「ないよ。青梅街道に出て、駅の方に行けばあるけれど」というわけで、1時間以上のバス待ちの間、ビールで身体を冷やす作戦は泡と消えました。しかし、夕闇迫るあの時間、気温は0℃、ヘトヘトの私がろくなつまみもなしに戸外でビールを飲んだら、ほんとにどうなってしまったでしょうか。心臓発作で死んじゃっていたかもしれない。麻丘めぐみの「芽ばえ」です。この私は、どんな爺さんになっていたでしょう?昭和47年、大学1年、41年前にはやったんだよ。

 何にもなしで1時間以上待つなんてできない。しかたない峰谷橋まで下りましょう。歩いていれば寒くないし。もう飛ばす必要もないし、トコトコ歩きます。しかし午前の稲村岩手前以来の危険箇所が待っていました。舗装道路に雪が積もり、カチカチに凍結しています。滑って転んで大分県、これは避けたいです。峰谷から峰谷橋まで、種苗屋が一軒、なぜか床屋が一軒、見事に何にもありませんでした。

 青梅街道が近づいてくると、川幅が広がります。当然、谷も広くなり、風が吹き抜けるようになります。つむじ風が吹きつけ、急に寒くなってきました。急いでもバスがあるわけではないし、ちょいと一服です。そうだ、お茶があったはず。おお、身体が温まる。しかし、お茶は消化器経由で排出され、さらに寒くなってきます。そうだ、ホカロンがあったぞ。開封してから10時間くらいたっているのに暖かい。バッテリー保護どころか、身体を温めるのに役立ちました。ポケットサイズ一つしかないので、手のひらだけですが。

 峰谷橋バス停に着いたのが15時45分ころ。そこにはバスを待つ人がひとりと、ただ風が吹いているだけ。T字路になっているので、バス停が2箇所あります。峰谷に向かうバスが上流方向に向かっていきます。これが30分後に戻ってくるのか。靴もシャツも微妙に湿っており、日ごと寒さが募ります。もう、我慢できへん!

 バスを待っていた登山者が、丹波方面からのバス停に移動します。「もうすぐこっちにバスが来ますよ」だそうです。ええ?そっちのバス停は、丹波16時30分発、峰谷橋16時57分までバスはないはず。それより、峰谷から折り返してくる16時20分のほうが早いんじゃあないですか?でもほんとにありました。気づかなかったのですが、小菅から来るバスがあったのです。峰谷橋16時09分発のバス。こりゃあ奇跡と言うべきでしょうか(たった11分早いだけだけど)。16時03分ころ、あっちのバス停に移動しました。橋の上でさらに寒い。ついに来ました。2分遅れで到着したバスに、先客はゼロでした。きゃあ、暖かい。身体中、凍った血が融けていくようです。寒さから解放され、逆に頭が痛くなってきました。もしかして、これって低体温症だったのでしょうか。あと何分かで、意識混濁し、昏倒していたのでしょうか。奥多摩駅で、電車発車まで15分ほどありましたが、食欲もないし、ビールなんてもってのほか。暖かい車内で発車までじっとしていました。

 今回の登山、けっこうヘトヘトになり、低体温症まで経験できました。もうこれで大丈夫、準備満タンです。最後にタイツでした。すごいです。ラジエターを身体にまとっているようです。涼しいです、いやとっても寒かったです。やっぱりラクダの股引でなければダメでしょうか。


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  以 上