◆岩手県・夏油(げとう)温泉の旅   

  水堀さんから7月の温泉旅行と山旅の御報告を頂きましたので掲載いたします。

 

日程:2014年7月7日〜9日

メンバー: 石川(43年卒)阿部(達)、中村、篠原、竹田、阿部(佳)、佐藤、水堀(ツ)(以上44年卒)
      、 齋藤(恭) (48年卒)、 水堀(雅)




野歩の会発足の翌年、昭和41年の夏合宿を行った岩手県・夏油温泉に行こうよ、ということで総勢10名、合宿中に遭難騒ぎも起きて強い印象が残る山深い温泉を48年振りに訪ねてきた。

七夕7月7日午後、北上駅に全員集合し3台のレンタカーで夏油温泉へ出発し1時間程で夏油着、と書けば簡単そうだが最後の数キロは谷底に落ちぬ様に曲りくねった細い道を慎重運転で到着。合宿当時、車道は手前の瀬見温泉までで残り数キロの山道を人は歩き、荷物は馬の背で運んだ。到着した夏油(げとう) はアイヌ語のグット・オー (崖のあるところ)がその語源という説もあって、周囲を深い山に囲まれた渓谷沿いに沢山の温泉が湧いている場所で、その様子はかつてと同じで懐かしさが込み上げてきた。

夏油温泉観光ホテル、という名前負けする宿は東北大震災の被害で長く閉鎖されていたが、つい最近再開されたばかり。 今は2階建てだが合宿当時はたしか山小屋に毛が生えた程度の平屋だった記憶がある。 
温泉は素晴らしい。内湯、野天風呂、洞窟風呂などに別々の源泉からの100%掛け流し湯がもったいないほど溢れていた。山奥だが宿の食事もなかなかのもので、こんなに食べて贅沢な温泉に入って、それにしては宿代も安いと皆で感心、その晩は積る話に花が咲き眠りに着いた。

2日目も好天。牛形山を目指して朝8時に宿を出発。宿の前の橋で全員写真を撮影。48年前にこの橋の前でやはり集合写真を撮った場所だ。当時の小さな木造の吊り橋は、今は車も通れるコンクリ橋になっていた。合宿時の集合写真を見ると、みんな若さに溢れている。

美しいブナ林を全員元気に登った。 石川先輩は趣味の蝶々の写真を撮るべく重いカメラと三脚を担いでの山登りで、美しい蝶の写真を狙う執念を感じた。 
 幾つかの雪渓があり、数カ所のロープ場を慎重に登った。 東北の豪雪地帯の山なので足場の悪い草付ガレ場も多くのんびり歩かせてくれない。 女性4人、賑やかに話ながらも先頭集団をキープして登っており男の方が遅れ勝ちだ。

山中、他の登山者の誰とも行き会わない。 これが東北の山なのだろう。 駒ヶ岳、經塚山、北上平野などの見晴らし景色が開けて11時半に牛形山白子森分岐点に到着。 上に牛形山が見え水芭蕉が多い湿原のお花畑。全員良く歩いた。後は有志が牛形山頂を目指した。 急斜面をロープ伝いに登った1340mの頂からは雪渓が残る焼石岳が前面に迫り360°の見事な展望が楽しめた。午後1時に分岐点で全員が合流、もと来た道を戻り4時過ぎに宿に戻った。

翌日も晴れ。 梅雨時なのに3日間とも好天とは全くラッキー。 8時にレンタカーで遠野を目指した。
遠野はご存じ、民話と伝説の里。 昨日の山登りとはガラッと変わったメルヘンチックな旅で、美しい里山を楽しみながら、のんびりドライブで11時に遠野着。
その昔、 里人にいたずらをするカッパが沢山住んでいたというカッパ淵、この地方の農家の暮らし振りを再現した伝承館、ふるさと村などを見て回った。 遠野の民話を世に知らしめ、村長もやっていたという佐々木喜善(きぜん)は早稲田の文学部に籍を置いていたそうだ。

篠原君がぜひ行きたいというので中心地からやや離れたデンデラ野という変わった名前の所にも行った。 何という事は無い山里の一角に小さな藁葺き小屋があった。ここは姥捨て山だったそうだ。 その昔、 老人が65歳だかになるとここに運ばれ死んでいったそうだ。
年寄とは言え頑張れば歩いて家まで帰れる距離ではないか、などと皆で議論したが、いや、そうではない、老人は帰ったら食料不足の家族に迷惑が掛る事を考えたのだ、 村の掟を破る事は許されなかったのだろう等々の意見に落ち着いた。その通りなのだろう、命を次の世代に引継いで行くために働けなくなった者は静かに死を受入れて行ったのだろう、 昔の人は偉いものだなどと65歳超の身で考えた。ひるがえって今の年寄は恵まれ過ぎだ、 年金や医療保険制度がこのまま続く筈がないのだから、年寄はもっと若い人の負担を減らし、自分のことは自分で始末を付け、それが出来なくなれば静かに死んで行くベキだ云々・・などと考えながら、それにしても流石に篠原君は深い意味のある場所に行きたいと言うものだと思った。 

ふるさと村で訪れた南部曲り屋は立派だった。私は古民家が好きで各地の古民家を訪ねたが、この南部曲り屋はとりわけ素晴らしい。建物自体も立派だが、大切な働き手の馬をいたわり同じ屋根の下で暮らすという発想が良い。なんとも馬への愛情を感ずる。ここの曲り屋には実際に馬が飼われていた。

帰りは新幹線の出発まで時間があったので地元、北上出身の阿部(達)君の案内で北上展勝地という所を訪ねた。北上川と和賀川が合流する広大な地域で桜の名所としても東北屈指だそうだ。自然と北上夜曲の歌が口に出るようなロマンチックな場所だった。 
阿部君の話として、北上は昔の南部藩と仙台藩の境界地域で、お互いに仲が悪く、小さい頃に仙台藩だった地域に向かって石を投げたりしたと言うことだった。実に面白い話だ。

という訳で、秘湯あり、山あり、民話の里あり、そのほかの沢山の素晴らしい場所があり、おまけに牛形山からの帰り道で水堀(雅)が斜面から転がり落ちるアクシデントで同行の皆様に大変ご心配をお掛けするなどしたが、3日間10人全員元気にみちのくの旅を楽しんだ。 
早稲田に入って約半世紀、これからもますます元気でまた皆でいろいろな所を訪ねたい。 
最後に、地元北上出身の阿部(達)君にはいろいろ面倒を見て頂き感謝します。


写真はこちらです。
1.水堀さん撮影
2.石川さん、水堀さん、斎藤さん撮影

  以 上