◆平成28年夏の山行A班 報告 

  和田(則)さんから夏合宿のご報告を頂きましたので紹介いたします。

 
  • 日 程:平成27年7月30日(土)〜 8月2日(火)
  • コース:北アルプス・常念岳 〜 大天井岳 〜 燕岳(パノラマ銀座コース)

        7月30日(土)(ガス・曇)一ノ沢登山口 − 常念小屋(常念岳ピストン) 
        7月31日(日)(晴のちガス)常念小屋 − 大天井岳 − 燕山荘
        8月 1日(月)(晴のちガス・曇)燕山荘(燕岳−北燕岳ピストン)−中房温泉
        8月 2日(火)(曇)解散

  • 同行者:中村(一)、中村(純)、中村(陽)、平石、斎藤(恭)、北島、和田(記)
         阿部、佐藤(31日燕山荘で合流)、三木(1日燕山荘で合流)




  • この山行は、5年前の「燕岳〜大天井岳〜常念岳」が雨のうちに終わり、再挑戦を誓った企画。目を見張る槍穂のパノラマ展望は「パノラマ銀座」にふさわしく、所々にあるお花畑と稜線漫歩、ゆっくり流れる燕山荘の時、下山後の素晴らしい温泉と仲間たちとの語らいの夜。何もかもうまくゆき、納得のいく山行でした。

  • 一方、今回も三山の山頂はガスの中。起伏の少ない稜線は登り気味のうえ、それなりに登り下りがありました。5年の歳月が流れ、各人とも足腰が弱くなり、体力も落ちたことを実感した山行でもありました。

 
 (日程とコース)
  • 晴れが絶対条件の山行、遅い梅雨明けにも対応できるよう、実施は7月末としました。中々梅雨明け宣言が出ず、変形な高気圧配置下で関東甲信越の宣言は28日、例年より7日遅く、昨年より18日遅いものでした。

  • 7月30日燕山荘泊の当初計画は、旅行代理店に宿泊枠を押さえられ、宿泊の予約が取れず、逆回りコースに変更しました。



■7月29日(金)晴れ

  • 私は、職場の協力を得ての休暇、無駄なく生かすため、早朝から「非日常の世界」へ飛び出し、特急で松本に9時40分着。35℃の猛暑下、和菓子屋「開運堂」、松本の湧水群「源智の井戸」、白壁蔵造りの町並み・中町通り、昭和レトロな「珈琲まるも」を回り休日を楽しみました。

  • 安曇野・穂高ではレンタルサイクルで定番コース(穂高神社(北アルプスの総鎮守、奥宮が明神池、嶺宮が奥穂高)−本陣等々力家−大王わさび農場−早春賦歌碑公園−碌山美術館)を巡り、わさび農場では中村さん一家と出会い、宿泊先に到着した時には、すでにエネルギーを使い果たしました。

 
 (前夜祭)
  • 富山から参加の平石さんの到着を待ち、徒歩7、8分の小料理店「わたべ亭」で前夜祭。和洋中何でもアリで、納得のいく料金。大勢の旅行客で賑わい。英気を養い、帰りがけに24時間営業の広々とした「西友穂高店」で朝食と昼食を買い込みました。



■7月30日(土)ガス・曇

  • 明け方まで降った雨は上がり、西の山々は雲の中。
    穂高駅前に6時予約のジャンボタクシーで一ノ沢登山口を目指す、林道やゴルフ場脇で3度、移動中のサルの群れに出会いました。

 
 (一ノ沢登山口と登山届)
  • 一ノ沢登山口に6時40分に到着(7,800円)。登山案内所、水場、トイレがあり、登山者が出発の準備中です。登山届を提出し、樹林の小雨なのでザックカバーのみで、6時55分に出発。山中気温15℃(2日目以降20℃)。

  • 今年から長野県は県内の中級山岳以上に入る場合には登山届の提出を義務付けました。届を作成し、先輩方の平均年齢が68才と知り、頑張っていると思うとともに、山でより高齢者グループに出会うので、まだまだ歩けるはずと思いました。

 
 (一ノ沢コース)
  • 平石さんを先頭に沢沿いに霧の山道を進みます。平石さんには3日間とも先頭をお願いしましたが、とてもよい加減で歩かれ、皆が助かりました。雨で増水し濁った沢のゴーゴーという大きな沢音。緑濃い樹林の道はなだらかに、時には小さな登り坂となり高度を上げます。

  • バス路線のない登山口から登山者が途切れなく私達を抜きます。先へ進むと、次々と登山者が下山してきました。普段の山は人気の少ない山道ばかりで、人の多さに圧倒され、今更ながらアルプスの人気の高さにも驚きました。若者たちには抜かれたままですが、中高年グループとは前後して山荘に到着です。

 
 (高山植物)
  • 山道にはさまざまな高山植物が咲いていました。沢沿いには、ソバナ、タマガワホトトギス、オオバギボウシ、キスゲ、クルマユリ、センジュガンピ、ヒヨドリバナ、オトギリソウ、キオン、アキノキリンソウ、トリカブト、シモツケソウ、コウゾリナ、サンカヨウ、イチヤクソウ、リンドウ、カニコウモリ、ゴゼンタチバナなど。
    稜線には、チシマギキョウ、コマクサ、オンダテ、ハクサンシヤクナゲ、ウメバチソウ、トラノオ、ヨツバシオガマ、ウサギギク、トモエソウ、ミヤマツメクサ、アオノツガザクラ、フウロ、チングルマ(すでに落花)、シナノキンバイ(すでに落花)、トウヤクリンドウなど。稜線歩きを通して、見かけなかった花は、ハクサンイチゲとコバイケイソウぐらい。
    特に「胸突八丁」から「最後の水場」の間は高度感のあるトラバース道ですが、野花が豊かで、ベニヒカゲ蝶が舞っていました。

 
 (最後の急登)
  • 「最後の水場」で冷たい湧水でのどを潤し、沢から離れ50分の急登に臨みます。ベンチが3箇所設置され、中村さんの提案で設置者の思いに応えるため、それぞれに3分ずつ休憩することに。先客がいるベンチでは、空くのに10分待つなどし、時間調整したかのように12時55分、常念乗越(小屋)に到着。周囲は風はなくガスが流れていました。(CT(コースタイム):4:35、実働6:00)

 
 (常念小屋と常念岳へ)
  • 常念小屋はひどく混んでおり、1畳に2人の割り当て。私達7名は4畳の小部屋へ。かつての黒部五郎小舎同様に、狭く、蒸し暑く、息苦しい夜となりました。

  • ザックを整理しビールを飲み始める中、有志4名は標高差400mある常念岳に向かいました。ザレ場と堆積する大石の山は歩きにくく、ガスで展望はありません。その中、ライチョウ親子と出会い、大天井岳方面を垣間見、西方面に大きな山影が現れ、それがキレットへと続く北穂高岳と気づくなど発見もありました。

  • 常念岳山頂は5年前と同様に展望は得られません。登山口から標高差1500m以上の登りと400mの下りは足腰に応えました。写真を撮り、狭い山頂で望めぬ天気回復を待ち、往復3時間。

  • 床に就くと、平石さんから「外は満天の星空だぞ」の一声。疲れで聞き流したが、新月で星空がとても美しかったようです。



■7月31日(日)晴れのちガス

 (夜明け)
  • 常念乗越から見る夜明けは別格で、暗いうちから人影があります。沢山の登山者が、東側の日の出と、西側の槍穂のモルゲンロートを撮影していました。
    30年ぶりに乗越から見る槍穂は、写真で見るよりも雄大で、岩山のボリュームに迫力あり、心を揺さぶります。

 
 (パノラマ縦走)
  • 朝食はグループ単位の早い者順で、昼飯は弁当の代わりに売店でパンを購入。

  • 5時30分に晴天下のパノラマ縦走を開始。横通岳の200mの直登も槍穂を見ながらで苦になりません。50分に1本の休憩ペース。

  • ザレ場と這松の中を登り気味に巻き道がつけられています。お花畑あり、コマクサありで飽きません。斎藤さん、北島さん、私は撮影に忙しい。香りある花が多く、汗もかき、羽虫に付きまとわれ、昨年7月の湯殿山ほどではありませんが、煩わしい一日でした。さらに陽が上がると、ジリジリと首筋、頬が焼けてきます。だるくなります。

  • 縦走に従い、刻々と槍穂の見え方が変わるのは、エキサイティングでした。ひと汗かき、東大天井岳の一角に立つと、パノラマが全開。それは素晴らしく、日本の山岳景観を代表する贅沢な眺めでした。

 
 (大天井岳)
  • ひと汗ふた汗かいた大天井岳。山頂部に立つ大天荘で1時間の休憩。人通りが途切れた時間帯で小屋は静かです。有志で大天井岳をピストン。5年前と同様にガスで展望は得られません。残念です。

 
 (燕山荘への縦走と地図CTに疑義あり)
  • ガスが流れる燕岳への縦走路を眼下に見て、標高差200mの急な下りです。
    私達には入山時からひとつの疑問。「切通岩から燕山荘手前の大下りの頭」まで、3人が持つ地図によってCTがまちまち。一般的には1時間と思われ、昭文社の20年前と6年前の地図にも1時間、今年の地図には2時間と表記。実歩は1時間30〜40分程度。表記変更にどのような事情があったのか、興味があります。

  • 最低鞍部の切通岩を慎重に通過すれば、5年前の記憶では水平道と思ったが、なだらかに見える稜線にも凸凹があり、疲労が増す縦走でした。ガスの中、南側に開けた草地、お花畑、飛来するホシガラスで気を紛らせます。

 
 (燕山荘)
  • 燕山荘脇から阿部さんと佐藤さんが手を振っています。2人はA班同行は体力的に無理と判断し、中房温泉から登り、燕岳ピストンです。私達は15時35分に到着。(CT:7:30、実働10:00)

  • 登山者が、若者たちが、家族連れが、思い思いに山荘前の広場で寛いでいました。ガスが途切れ日差しが届く静かな夕暮れ時です。1人1畳確保された小部屋で荷物を整理し、喫茶室でビールとワインで今日の無事に感謝です。日差しが奥まで届く贅沢な空間で、窓越しに安曇野の街が広がっていました。

  • A班には肉が苦手な方がいます。事前に電話で肉に代わるメニューを各山荘にお願いしました。ある山荘は「限られた材料ですができるだけのことをしましょう」、ある山荘は大勢の食事を短時間で作っており、好き嫌いという個別の要望にはお応えできないとのこと。しかし、結果的にはいずれも期待以上に対応され感謝です。

  • 夕食は5部制で各回、赤沼オーナーが、私達にできる自然保護(山道やテント場の食べ残しがライチョウの天敵カラス、キツネ、サルを稜線へ呼び込んでいる。コマクサのザレ砂地に立入り、足跡が溝となり雨水路となり、植生地が破壊)を穏やかに話され、その後名物のホルンを披露されました。



■8月1日(月)晴れのちガス、夕方から豪雨

 (夜明け)
  • 日の出前から山荘前に登山者が詰めかけています。風はなく開放感のある夜明け前の広場は気持ち良く、富士が見え、戸隠の山々が見えます。燕岳に朝日が当たり、裏銀座の山々にも陽が届き始めました。斎藤さんはブロッケンを見たようで、ワクワクするひと時でした。

 
 (燕岳・北燕岳)
  • 6時45分に、有志が燕岳・北燕岳に向かいます。安曇野方面からガスが上がり始め山頂を覆います。砂地には今年は雪が少なく7月上旬に咲き始めた沢山のコマクサがまだ咲き続けていました。奇岩と砂地の間を抜けると山頂。燕岳山頂に着くと5年前と同様にガスに被われ、何も見えません。これで3山ともに山頂からの展望は叶いませんでした。

  • 10分先の北燕岳も燕岳と同様な山で、山頂もガスの中。山頂直下の岩場はハラハラしました。

 
 (B班との合流)
  • 大天井岳から縦走中のB班から電話連絡。8時過ぎに燕山荘に到着するとのこと。山荘前のベンチで待つと、精鋭4名が登ってきました。再会を喜び合います。三木さんは顔に怪我をしていました。鼻の周りに血が滲んだバンドエイド、頬に血筋がつき、シャツやズボンに血跡。夜明け前の大天井岳の登りで躓き転倒、その際に擦り傷、切り傷を負ったようです。

  • 隣のテーブルの方にA・B班の集合写真をお願いし、B班は慌ただしく燕岳ピストンに向かいました。写真をお願いした方はこれから下山する燕山荘診療所(燕山荘には順天堂大学、常念小屋には地元信州大学が夏期のみ開設)の先生。念のため診療所に行くようアドバイスを貰いました。では、誰が三木さんを診療所に連れて行くのか、誰が声を掛ければ素直について行くのか。やはりA班の中の若手女史2名でしょう。

  • 診療所内のことは、若手女史から聞いた話です。
    看護婦(医学生?)「これから診ますので、まずはきれいに洗ってください」。三木さんは素直に手を洗い始めました。すると看護婦は「手ではなく、傷ついた顔を洗ってくださいという・・」。
    看護婦「頭の状態は(痛みますか)どうですか」。若手女史「この人はいつもこの程度なんです」。それを聞いた看護婦が思わず笑ったかは聞き損ねました。

 
 (山荘ライフ)
  • 私達はB班が燕岳から戻るまで、登山者が出払った喫茶室で朝のコーヒーとケーキ。それは私個人の夢でもありました。中高年の小屋泊りは事情が許せば、小屋での生活を楽しむ、のんびりとコーヒーを飲む、そのように過ごしたいと常々思っていました。小腹を満たし満足、満足。

 
 (合戦尾根を下る)
  • 燕岳から戻ったB班はその足で下山。A班も9時30分、北アルプスの三大急登りのひとつ、合戦尾根、標高差1350mを下ります。合戦小屋までは比較的緩やかな道で、途中、先に下った先生一行に出会い、お礼と診療結果を報告。合戦小屋では有名な松本・波田地区のスイカ(800円/切れ)を買い求め、水分と糖分を補給。おいしいスイカでした。

 
 (登山者)
  • 小屋からは急な下り道、登りの登山者も増え、譲り譲られ時間がかかります。私達には譲る小休止は歓迎です。

  • この山行では若者、山ガールのほか、新品の登山服に身を包んだ高齢なご夫婦や、合戦尾根では小さな子供連れに出会いました。かつて若者文化としての登山から全世代の登山へ移り変わりました。

  • 第3ベンチですれ違ったファミリー。若いパパは60L、ママは40L、小4の男の子が30L、小2が小さなバックを背負い、4才は空身です。小さな男の子は周囲から褒められ励まされ、誇らしげに登ってきました。これから先が長く大変ですが、本当はここまでも大変なものでした。余計な心配ですが4才が歩けなくなったら、パパとママはどうするのでしょうか、これ以上は背負えません。

  • なぜかゴマダラ系カミキリがあちこちで目につきました。A班は一ノ沢と同様に4つあるベンチに小休止し、少しずつ下ります。中房温泉の赤い屋根が見えてからが長く感じられました。

 
 (中房温泉)
  • 14時10分、中房温泉到着。(合戦尾根CT:2:50、実働4:40)
    下山後の予定は、ひと風呂浴び、敷地内にある焼山で地熱を利用した「蒸し焼き料理」作りでした。食材は宿で用意したジヤガイモ、たまご、おやき、ソーセージ。地熱の砂地の穴を掘り、20、30分で蒸し焼きが完成。温泉後の楽しみとして計画。
    しかし、一度温泉に浸かると思いのほか疲れが出て、新たな行動は無理、中止としました。

  • 中房温泉には、計10数か所に温泉風呂があり、それぞれ源泉と趣が違います。まさに温泉のテーマパークです。私は4か所に入りました。夕方の内風呂、夜の風呂も朝の露天風呂にもそれぞれの味わい。(8月6日付日経新聞土曜版「とっておき温泉」は中房温泉特集)

 
 (西塚さん到着)
  • 西塚(46年卒)さんが三重から集中打上げに来られました。事前に連絡があり、一緒の食事と部屋を予約済みで、同年卒の三木さん、平石さんをはじめみんなで大歓迎です。

  • 夕方から突然猛烈な雨で降り続きました。夕方館内放送で、穂高町へ通じる林道が通行禁止となったことを知りました。

 
 (ハプニング続出)
  • 夕食の食前酒に温泉自家製の果樹酒。別館(この温泉は古くからある本館が登山者用、別館が旅行者用)ロビーに何瓶もあった自家製の果樹酒でしょうか。
    食事中、突然の停電。すぐに点灯したが、林道通行禁止に続く停電です。何か起こりそうです。実際、明け方には火災報知が鳴り始めました。すぐに異常なしとの館内放送、ハプニングが多い宿です。しかし、館内放送の丁寧な経過説明には好感をもちました。

 
 (集中打上げ)
  • 部屋に戻り集中打上げ第2弾。B班の三木さん、西塚さんも、みんなでああでもない、こうでもないとワイワイガヤガヤ、ワイガヤ会議、ジジババ放談。
    宿からおいしいきゅうりが山ほどサービス。温泉に入り疲れがとれ、お酒を飲み、旧友との歓談も盛り上がり、集中して良かった。集中打上げがいかに心身ともにリラックスさせ、下山後に大切か、わかりました。集中に拘った中村さんに感謝、感謝。穏やかでのんびりとした飲み会でした。



■8月2日(火)曇り

  • 雨はやみ、林道は通行可に。朝風呂3箇所に長く浸かり、朝食後は別館で久しぶりに新聞を広げ、都知事選に小池氏が当選した記事に目を通しました。

  • 私達は8時35分のバスで穂高駅へ向かいます。中村さん一家はもうひと時、温泉三昧で、次のバスに乗るとのこと。燕岳山行は穂高駅の燕の雛で〆ました。松本駅で名古屋方面にゆく西塚さんと別れ、特急列車に乗り込みました。列車が八王子駅に着くと明るい空が激しい雨に変わりびっくりです。大気が不安定な梅雨明け。中村さん一家が乗った列車は豪雨で1時間30分遅れとなったようです。もう少し遅れれば、払い戻しでした。

  • 私の夏の山行は、中央アルプス・木曽駒ケ岳以来、4年ぶり。最初の白山は豪雨で金沢観光に、一昨年の雲ノ平方面は膝痛で不参加、昨年は会社を休めず不参加。長時間歩行で膝や腰回りが心配したが影響は出ませんでした。これも温泉の長風呂効果でしょうか。
    8月5日例会に出席した三木さんも傷跡はなく、すっきり顔。温泉効果のようです。



写真はこちらです。
1.斎藤さん撮影
2.北島さん撮影
3.和田さん撮影


   以上