◆箱根ハイキング 登山班報告  

 高橋さんから11月のハイキングの報告を頂きましたので掲載いたします。

   

【メンバー】
46三木、平石、48斎藤隆、石井、53田中、55北島、舩生克、舩生み、57高橋聡
【日程】
2020年11月15日(日)
【行程】
小田急箱根高速バス9:00桃源台9:14-9:30芦ノ湖キャンプ村-9:35湖尻水門-10:00湖尻峠登口-10:18湖尻峠-10:52小休止@962m11:02-11:34三国山11:45-12:06崩落地@934m-(迂回)-12:13登山道復帰-12:42山伏峠-12:50芦ノ湖スカイラインレストハウス13:05-14:11小休止@810m14:23-14:41道の駅箱根峠-14:45箱根旧街道(挟石坂)-15:00芦川の石仏群-15:12箱根ホテル
【まえがき】
カルデラとは何か。カルデラとは火山の活動によって陥没して出来た大きな凹地のこと。そこに水が溜まってできた湖がカルデラ湖であり、そのカルデラの縁にある尾根を外輪山という。
箱根は、今なお活動中の火山であり、数年前にも大涌谷の水蒸気噴火が起こり、一帯が封鎖されたのは記憶に新しい。また、今なお小学校で歌われている箱根八里(作詞:鳥居忱、作曲:瀧廉太郎)
「箱根の山は 天下の嶮 函谷關も物ならず 萬丈の山 千仞の谷 前に聳へ 後方に支ふ・・・」
箱根は、古来「函根」と記したがゆえか、中国の難所要害「函谷関」と比されているところも興味深い。
また、古くはその険しい地形から「一夫關に當るや 萬夫も開くなし」関所として栄え、後に堤康次郎(西武)、安藤楢六(小田急)、五島慶太(東急)率いる巨大グループ同士の箱根覇権争い「箱根山戦争」を経て、今日の天下に名立たる観光リゾート地「箱根」に至る。
会長のかような箱根に馳せる想いからか、将又単なる思いつきかは定かではありませんが、神奈川最大のカルデラ湖である芦ノ湖の周りを囲む箱根外輪山を縦走しよう!というのが今回の山行企画です。
「八里の岩根 踏みならす 斯くこそありしか 往時の武士(もののふ)」
 
【報告】

 
メンバー各自、各方面から新宿発のバスに乗り込み、スタート地点の桃源台に到着。バスは時間が当てにならないはずが、今回は、おおむね定刻通りに到着。桃源台は、箱根ロープウェイと箱根海賊船とのターミナル駅。ちなみに箱根ロープウェイは、箱根登山ケーブルカーの早雲山と大涌谷を経て桃源台とを結んでいるロープウェイで、現在のものは、2本のロープをゴンドラ幅より広く握索しているので風に強いそうです。一方の箱根海賊船は、愛称で、正しくは、箱根観光船だそうです。
さて、朝の挨拶、身支度、記念写真等々、所用を済ませ、いざ出発!

 
芦ノ湖を左手に見ながら、紅葉の湖畔の遊歩道を進みます。良い感じの小道を進むと、程なく、芦ノ湖キャンプ村に到着。辺りにテーブルとベンチがたくさんあって、カメラを置いて全員で記念写真を撮るのに絶好な場所。

 
自分たちだけで全員の記念写真を撮ろうとすると、素人が思いつくのが、セルフタイマー撮影。ですが、今回は「文明の利器」を使います。カメラとスマフォをリンクさせ、スマフォによるリモート操作にて撮影!スマフォ画面にカメラの映像を出しながら、スマフォ画面上のシャッターボタンを押す!今までの野歩のOBG会では、あり得ない「技」ですが、かような新兵器を使いこなせる若者(61歳)が偉業をやってみせました(笑)。

 
さらに湖畔を進むと芦ノ湖北端にある湖尻水門に到着、水門を渡ります。湖尻水門は、箱根町から小田原市を流れる早川につながる水門ですが、神奈川県には、芦ノ湖の水利権がないので、水門は常時は閉じています。江戸時代、箱根は、小田原藩の領地でしたが、廃藩置県により、神奈川県と静岡県との県境が箱根外輪山に設定されたので、県同士による「芦ノ湖水利権をめぐる争い」が勃発、裁判にて芦ノ湖の水利権は、静岡県が得ています。天下の箱根は、いろんなところで覇権争いがありますね。

 
湖尻水門からは芦ノ湖西側を南下します。桃源台を出発してから45分程、箱根外輪山周回歩道・湖尻峠・三国山への登山口の分岐に到着。道標には、思いっきり×印が付けられているではありませんか!でも、そんなことは百も承知、「平成30年7月土砂崩落により、湖尻峠~山伏峠間通行止め」ということくらい、コース企画時点で事前に分かり切っていたこととの事です。

 
道標に「石畳は滑りやすいので足元注意」とあって、確かに少し苔むした石畳の道が続き、滑り易かったです。これが「羊腸の小徑は 苔滑らか」というかと納得。石畳は延々と続いていました。誰が一体どうやってこれだけの石をこの山道に運んだのか不思議に思いながら登っていきました。峠の直前には階段による急な道もありましたが、それを登りきると湖尻峠の稜線に出ました。

 
登り口から約20分の登りでしたが、湖尻峠に到着。芦ノ湖スカイラインには、結構な数のライダー達がいました。「自動車専用道路は、『道路法』により通行できません!」と法学部卒の先輩からメンバーに何度となく注意。ここで『道路交通法』でなく『道路法』と正しく言い直すあたり、さすがです。

 
ここからは、箱根外輪山を縦走するわけですが、道標の×印では飽き足らず、今度は、しっかりロープが張られています。しかし、ここも想定内。遠慮なく(?)、箱根外輪山周回歩道に入って行きます。右手静岡県、左手神奈川県との県境を歩いて行くことになります。ちなみに筆者は、静岡県民です(笑)。

 
湖尻峠からの稜線伝いの道は、比較的広くて、傾斜も急でなく、足元には落ち葉が敷き詰められていて、良い道です。少しずつ高度を上げながら、振り返ると後ろは金時山でしょうか。良い感じの景色です。

 
比較的悠長なペースでしたが、結構歩き続けたので、途中で一休憩。休憩後、さらに稜線歩きを続けました。道中、ところどころで樹々の隙間から、芦ノ湖が覗けます。元カメラ小僧(現カメラ爺)たちは、随所で写真を撮っていました。

 
また、ところどころに紅葉が見られます。そこで、思わず、記念写真!

 
世界保健機関(WHO)の定義では、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態」とあります。
山登りには、いろんな楽しみ方があり、ただ、ひたすら体を疲れさせることが目的と思えるストイックな山登りもあれば、樹々や景色を見ながら心身ともに楽しむ山登りもあります。ふと、そんなことを考えながら先輩方の写真を撮りました。筆者の山登りに対する答えがその写真の構図に顕れています。

 
三国山山頂に到着!比較的なだらかな広々とした山頂です。周囲は樹々があり、天候の関係もあってか、展望は望めませんでした。「三国山標高1101.8米」の碑と共に記念写真! 文字が芦ノ湖側に刻んであるので、芦ノ湖側からの撮影となり、カメラがおける適当な台が見当たらず、文明の利器使えず、残念。

 
反対に芦ノ湖をバックにとれば、さっきの三国山標高の碑が良いカメラ置台になるので、こちら側は例の文明の利器で全員の記念写真!三国山山頂で一頻り休憩後、さらに山伏峠へと足を進めます。

 
道中、芦ノ湖を挟んでの反対側、駒ヶ岳方面でしょうか、こんな景色が覗けました。
三国山山頂から20分程行くと、おッ!道が完全に崩落!ざっくり抉られたように崩落しています。通行止めになるだけのことはあります。さすがにこのまま進めないので、一旦、上に登って迂回することに。

 
迂回路として、私たち「順法精神」に則り、自動車専用道路は歩行せず、芦ノ湖スカイラインのガードレール外側の狭いところを渡っていきました。崩落個所の様相は、結構谷底まで深く土砂が滑っており、滑落したら大事に至る感じです。危ない箇所でしたが、全員、無事通過。崩落個所を過ぎたところで、道なき道を通りましたが、直ぐに元の山道に戻ることができました。

 
崩落個所から約30分、山伏峠の道標に着きました。えっ、ここが峠?確かにその後、少し登りがありましたが、道標がなければ、峠とは思えないところでした。

 
山伏峠の道標から数分で、道が開けて、芦ノ湖スカイラインレストハウスが見えました。振り返るとこちら側からの山道にも通行止めのロープが張られています。

 
芦ノ湖スカイラインレストハウス到着。ソフトクリームを食べたり、昼食をとったり、しばし休憩。

 
ここは、芦ノ湖の展望場所となっており、あいにくの快晴ではなかったので、湖面も山々の色彩が今一つでしたが、それなりの眺望が得られます。対岸の洒落た洋館風の建物は、一般ピープルでは泊まりづらい「山のホテル」です。湖面には海賊船。ゴールとなる元箱根港は、ここからでは湖の片隅、遥か先に見えました。「未だ、今回の行程の半分」との情報に「え~」という声が・・・。ということで、更に外輪山稜線を進みます。

 
レストハウスからは、さらに少し下って、また登り。とは言え、稜線上を真っすぐ進んでいくイメージで、比較的楽な道です。秋らしくススキの穂が綺麗で、その中を進んでいきました。良い感じです。本日の最後のピークでしょうか、見上げると青空も見えてきました。どうやらこの辺りが「海平」らしいです。後で分かったのですが、海平と書かれた道標がある/あったらしいですが、その道標を見過ごした/なかったのか、気が付きませんでした。記録カメラマン(?)として失格です。

 
ピークを過ぎ、そのまま稜線沿いを下っていき、しばらくすると道標がありました。これ以上は稜線を直進できず、左90°に折れ、稜線から外れて芦ノ湖に降ろされます。ここからは、今までのような稜線歩きでなく、林の中を下る「一般的な山道の下り」でした。

 
一頻り下ったところで山道に分岐あり。正規(?)の山道の方には、何の標識がありません。が、分岐している細い方の道には、道標がありました。何と書いてあるかを見ると・・・「こちらは登山道ではありません」!しかも見た感じは、よくある山道の道標です。かえって紛らわしい気がします・・・。

 
そんなこんなでしばらく下ってきたので、林の中で一休憩。さらに下ると芦ノ湖に映える朱色の箱根神社の鳥居が見えるポイントに出ました。さすがにここからでは、鳥居の湖に向かって掲げられた「平和」の文字は見えなかったです。この鳥居、上皇陛下(継宮明仁親王)の立太子礼と講和条約締結を記念して昭和27年(1952)に建てられ、「平和」の文字は、調印した吉田茂元首相の真筆とのこと。ゆえに以来「平和の鳥居」と称されるそうです。

 
道の駅箱根峠に到着。ここ道の駅箱根峠は、国道1号線にある神奈川県「道の駅」第1号。さすが、東海道。さすが箱根峠です。ここから、西へ進めば、三島宿へ。ちなみに筆者の拙宅は三島宿よりさらに西にあります。

 
道の駅箱根峠の国道脇から、国指定史跡「箱根旧街道」を下ります。挟石坂~釜石坂~向坂という名の坂を下るようですが、坂の切れ目は分かりませんでした。看板曰く、この辺りの箱根旧街道は、当時の面影が今なお残されている旧街道だそうで、足元の石畳は江戸時代の物とか・・・。そんな江戸時代を偲びながら、歩いて行きました。

 
情緒溢れる(?)旧街道を無事下り終えると、向坂への登り口付近にものすごく古めかしい石碑、石仏がありました。思わず、カメラに収めましたが、箱根最古の万治元年(658)の庚申塔もある「芦川の石仏群」という名所(?)とのこと。さて、ここからは、平坦な舗装道路。駒形神社の鳥居を右手に通り過ぎ、箱根駅伝のゴール/スタート地点を左に見ながら、今回のゴール、箱根ホテルに到着。

 
箱根ホテルは、明治11年(1878) 創業の富士屋ホテル系で、大正12年(1923)創業、昭和6年(1931)再建、平成4年(1992)新規開業した「美術館のようなシックな外観と芦ノ湖を真正面に望む芦ノ湖畔のリゾートホテル」という確かに洒落たホテルです。ゆえに先行して到着していたピクニック班から登山班に対し。「入場の際は気品を・・・」との注意の連絡が来ました。登山班一同、思わず会長に目がいきます(笑)
ということで、ピクニック班、登山班一同で記念写真!お疲れ様でした!

高橋聡

 
   
登山班のすべての写真はこちらです。
その1)舩生さん撮影
その2)高橋さん撮影