◆横須賀軍港めぐり~猿島 報告
今回報告者:高橋聡(S57年卒)
掲載日:2025/7/31

【メンバー】
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- 44中村一、阿部佳、水堀勤、水堀夫人,46平石充、三木洋,48斎藤隆、川嶋泰、川嶋孫、石井啓,54中村哲,55北島博,57高橋聡,58西村和,62生田恵
【日程】
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- 2025年7月26日(土)
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【工程】
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- 距離:16.8 km 登り:40 m 下り:40m (内歩行約5.0km)
<20250726ヤマレコ横須賀軍港めぐり~猿島>

JR横須賀駅9:56 – 10:12軍港めぐり汐入桟橋11:00 – (軍港めぐり) – 11:45クルーズターミナル12:40 – 13:08三笠公園(三笠桟橋)13:30
– 13:40猿島14:45 – 14:55三笠桟橋15:10 – 15:30酒蔵お太幸中央店
【まえがき】
- 「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん) たった四杯で夜も寝られず」
嘉永6年(1853)黒船来航により、江戸に激震が走った。
米国ペリー艦隊が上陸して以来、今日まで海軍港として発展してきた横須賀。
令和7年(2025) 第2次トランプ政権の関税に混迷を極める日本経済。
その行方を探るべく、我々一行は、横須賀を訪ねることになった。
【報告】

「JR横須賀駅」
メンバーが全員集まったところで、今回の案内人、地元民NSM氏がクイズ、「この横須賀駅の特徴は何でしょう?」
答えは「階段がない」!
どうやら「階段のない駅」として有名(?)のようです。かつての駅のスタンプにもそう記載されていたとか。
横須賀駅は、横須賀線複線区間の末端駅で、久里浜へは単線なので “棒線”、当駅止りは “頭端式ホーム”となっているので、駅構内に階段は必要ありません。
天気は、“ピーカン”!熱中症注意!

「戦艦陸奥主砲」
横須賀駅の目の前には、横須賀軍港が開けていました。
公園内を進むと、すぐさま、ものすごく長い巨大な主砲が目に飛び込んで来ました!
大正10年(1921) ここ横須賀海軍工廠で建造された「戦艦陸奥」に昭和11年(1936)大改修で新たに搭載された主砲の一門だそうです。
16インチ(41cm)砲、長さ18.8m、重さ102t、実物の大きさにビックリ!

「小栗上野介忠順」(おぐり ただまさ)文政10年(1827)-慶応4年(1868)像
公園内を進むと、2体の胸像が建っていました。
「小栗忠順」令和9年(2027) 大河ドラマ「逆賊の幕臣」の主人公です!
小栗忠順役を演じるのは松坂桃李!
時は、米国の関税率交渉に悩まされ、国内の物価高が庶民の暮らしを直撃する。
小栗は、そんな不確実な時代に国を、社会を守るべく、近代化政策を推し進める・・・。
なるほど、幕末も現代も状況は、似ています。ここに我々の求める答えがあるかも知れない・・・

「フランソワ・レオンス・ヴェルニー」(1837 - 1908)像
慶応元年(1865)から明治9年(1876)にかけて横須賀造兵廠、横須賀海軍施設や灯台、その他の近代施設の建設を指導し、日本の近代化を支援したフランスの技術者だそうです。
彼の功績を称えて、この公園は「ヴェルニー公園」と命名されていました。

「軍港めぐりターミナル」
ここまで、15分程度の道のりですが、強い日差しの中、もうヘロヘロ(泣)
乗船券を手配し、乗船を待つまで、ターミナルビル内の文明の利器「クーラー」で一服です。
さて、いよいよ、「軍港めぐり」です!
米海軍第7艦隊の基地がある横須賀本港と海上自衛隊司令部のある長浦港を巡ってきます!

「潜水艦」
船内では、ずっと案内人が解説してくれました!
乗船はしたけど、説明なんて聞いていなかった人、また、今回、参加できなかった人のために少し艦艇写真をアップします!
先ずは、米海軍の「潜水艦」です。
潜水艦は、隠密性を高めるため、艦番号や艦名は消去されているので、分かりません(泣)!

「自動車運搬船」
こちらも船の形式は分かりませんが、一度に数千台もの自動車が運べるそうです。
向こうに陸地に見えるのが、あの “日産追浜工場”だそうです。
先般、2027年度末に工場閉鎖が、発表されました。
敷地面積:約1,700,000㎡、従業員数:約3,900名、日産を代表する主力工場ですが・・・。
終焉とは!感慨深いものがあります。

手前「護衛艦FFM-1もがみ」奥「試験艦ASE-6102あすか」
日本の海上自衛隊では、「戦艦」「駆逐艦」とは言わず、全て「護衛艦」というところがミソ!
「護衛艦FFM-1もがみ」はフリゲート艦です。
それよりも注目は、「試験艦ASE-6102あすか」の後甲板に白いカバーが掛けられたものです。
それが、開発中の「レールガン」!
火薬を使わず、電磁気力(ローレンツ力)により弾体を加速して撃ち出す装置。
従来火砲に比べ威力・射程に優れる新兵器らしいです!

「新井掘割水路」
行きは、横須賀本港から長浦港へと箱崎半島を回って行きましたが、帰りは、この横須賀湾と長浦湾を最短で結ぶ「新井掘割水路」を通ります。
「新井掘割水路」は、両港の行き来が増えたため、箱崎半島の吾妻山ふもとの北側の半島のうちで最もくびれたところを掘削して作られた水路です。
明治19年(1886)着工し、明治22年(1889)開通しました。
お陰で、吾妻山は陸地と切り離されて、「吾妻島」となってしまいました。
島は、弾薬庫らしいですが、関係者以外立入禁止なので、内情は不詳だそうです。

「護衛艦DDG-179まや」
“イージス艦”で、建造費1700億円だそうです。

「スペイン海軍フリゲート艦F104メンデス・ヌニェス」
船尾の旗に注目!
スペイン旗が掲げられています。
スペイン海軍艦艇が横須賀港(日本)に来るのは、なんと131年ぶりだとか!

「ステルス駆逐艦マイケル・モン」
先進的な設計の米海軍の新型ミサイル駆逐艦ですが、建造費が5000億円もするらしく、当初は30隻以上の大量建造が計画されていましたが、最終的な建造数は3隻にまで削減されてしまったそうです。

話が前後しますが、これが「軍港めぐり船」です。
本来、見晴らしの良い2階デッキがお薦めなんですが、この日はあまりに天気が良く、どうやらメンバーの大半は、クーラーの聞いた1階船内に籠っていたようです(笑)

「ドブ板通り」
「軍港めぐり」を終え、次なる「猿島」へ向うため、「ドブ板通り」を抜けていきます。
ここが「スカジャン」発祥の地!
この道の中央には、かつてドブ川があり、海軍工廠から提供された鉄板でそのドブ川に蓋をしました。
かつての「ドブ板通り」には、その言葉通り、実際にドブ板が敷き詰められていたそうです。
米軍基地のメインゲート前の商店街で、日米が絡み合った微妙な文化の街だそうです。

記念艦「戦艦三笠」
「猿島」への渡船場「三笠公園(三笠桟橋)」に到着です。
明治38年(1905)日露戦争の勝利を決定づけた “日本海海戦”で、あのロシア帝国海軍の “バルチック艦隊”を撃破した大日本帝国海軍の連合艦隊の旗艦「戦艦三笠」がお出迎えです!
一列談判破裂して、日露戦争始まった、さっさと逃げるはロシアの兵、・・・(知っている人は少ないかも)

「猿島」
三笠桟橋から「猿島」に渡ります。
東京湾に浮かぶ唯一の自然島で、東京湾内最大の無人島だそうです。
かつては東京湾を守る要として砲台と弾薬庫のある“要塞の島”でした。
仮面ライダーの悪の秘密結社ショッカーの基地でもあったらしいです(笑)!
渡船に乗ること10分程度で着きました!

「塁道切通し」
先ずは、“塁道”の “切通し”を進みます。
猿島の要塞化は、明治14年(1881)に起工し、明治17年(1884)に竣工。
両側には、当時の各種、砲座,砲側弾薬庫,棲息掩蔽部等の砲台施設が残されていました。

「煉瓦造り隧道」
フランス積といわれる煉瓦積の長さ90mの隧道です。
隧道内には、二層構造の弾薬元庫や二階施設や地上施設への階段もありました。

「展望台」
今回初の登山(?)!
海抜40m程を登りきりました!
展望台といわれるコンクリート製の建造物がありましたが、現在、登れませんでした。

「オイモノ鼻の台場跡地」
島の北東側に突き出たところです。ここには、台場が築かれたとか。
下の磯に降りる階段がありました。
対岸が良く見えます!

「日連洞穴」方面
島には、砲台跡の台座が全部で5ヶ所あるそうです。
北西側の砲台跡の下には「日蓮洞穴」と呼ばれる洞穴があるそうですが、現在、進入禁止でした。
日蓮が千葉から鎌倉に向かう際、嵐によりこの島に漂着したそうです。
その際、“白い猿”に洞穴を案内され、嵐の夜を過ごしたらしいです。
それ以降、この島を「猿島」というようになったとか・・・。「猿」がいるわけではありません!

「三笠公園」
猿島観光を終え、三笠桟橋に戻って来ました。
「戦艦三笠」をバックに集合写真!

「酒蔵お太幸中央店」
お楽しみ(?)の反省会です!
あまりの暑さだったので、冷たいビールが美味い!
お疲れ様でした!
以 上

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