◆【私的】不老山ハイキング報告   

 高橋さんから3月のハイキングの報告を頂きましたので掲載いたします。
 ※本件は私的ハイキングであり、野歩の会の活動ではありませんが、高橋さんとメンバーのご厚意により掲載いたします。

   

【メンバー】
44中村一,46三木洋,48斎藤隆、石井啓,53田中亨,55船生克,57高橋聡
【日程】
2022年3月20日(日)
【行程】
距離:14km 登り:712m 下り:696m

<ヤマレコ不老山>

駿河小山駅8:10 → 8:36富士箱根トレイル登山入口 → 8:54尾根道(小休止) → 9:18ナラオ → 10:12生土山分岐 → 10:30高圧鉄塔下(小休止) → 11:34不老山南峰 → 11:38不老山12:23 → 12:32不老山南峰 → 13:06 林道(小休止) → 14:07金時公園 → 14:25駿河小山駅
 
【まえがき】

「汽笛一聲新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入り残る 月を旅路の友として」
ご存じ「鉄道唱歌」第1集東海道編第1番である。鉄道唱歌は、19世紀最後の明治33年(1999)に誕生した。沿線の情景を七音・五音の順に繰り返す七五調の唱歌は、万人の耳に残る。
当時の東海道本線を唱した東海道編の第13番は、
「いでゝはくゞるトンネルの 前後は山北小山驛 今も忘れぬ鐵橋の 下ゆく水のおもしろさ」
と続く。ここ鉄道路線にも東海道の変遷の歴史がある。
前回の「矢倉岳」(2022/2/6報告)の山北駅、そして今回の「不老山」の小山駅。何気ないように思われる我々の足取りと鉄道唱歌とが一致しているのは単なる偶然とは思い難い。
 
【報告】

 

御殿場線「駿河小山駅」に集合!小田急の特急「ふじさん」が到着して、今回のメンバー7人が全員揃いました。
御殿場線は、かつては、明治22年(1889)に開業した「東海道本線」でしたが、昭和9年(1934)丹那トンネル開通に伴い、東海道本線が熱海駅経由となってしまったため、さらに戦時中には鉄を拠出するため複線から単線にされてしまった“由緒ある”ローカル線です。
小田急の御殿場線乗入れも歴史があり、小田急線と御殿場線とが交差する松田に作られた連絡線を使って、昭和30年(1955)から乗入れています。連絡線は、東海道本線の太平洋岸からの艦砲射撃を受けた際の備えとして、陸軍の要請により戦時中に着工されていました。終戦で工事は中断しますが、小田急は後にそれを完成させることで、“富士への野望”を早期に実現できたようです。

 

駿河小山駅(旧小山駅)は、往年の東海道本線だから駅前はそれなりに何かあると思いきや、無人駅で、全く何にもないのには驚きました!駅北側には現在も富士紡績の関係工場が残っていますが、明治・大正時代は、紡績工場の工男・工女で賑わったそうです。いざ、出発します!

 

しばらくは、車道を進みます。所々に桜が咲き誇り綺麗です。日本で桜と言えば、「染井吉野」ですが、日本には、10種もしくは11種と言われる基本の野生種から派生した雑種、変種、栽培種が数多く、現在600種類以上の桜があるそうです。ちょうどこのお彼岸の時期に咲いていたので、適当に「彼岸桜(ひがんざくら)」としておきたかったのですが、消息筋によれば、まったく別種の「緋寒桜(ひかんざくら)」との情報も・・・。

 

ここから、いよいよ、沢筋の山道に入っていきます。

 

尾根へ上がる道に入りましたが、いきなり、物凄い急登が!手摺がありましたが、それが無ければとても登られるものではないほどの勾配です。

 

どうにか急登を登り切り、尾根道に出ました。一安心です。

 

この尾根道は、静岡県と神奈川県の「県堺」となっていて、ここから両県を跨ぎながら進みます。きっと、どこかに両県の小競合いが垣間見られるかも知れません(笑)。

 

尾根道を進みます。途中、「奈良尾入口」、「風越山入口」、「三角塔入口」などと書かれた小さな看板がありました。ピークハンターとして(?)、本来なら、一つ一つピークを目指したいところですが、ピークに向かう道らしい道もなく、素直にこれらの細かなピークは巻いて行きました。

 

尾根道は、杉林の中でしたので、ほとんど景色は見えません。途中で、一瞬だけ「不老山」と思われし山が見えました。多分、そうだろうと思われます。

 

生土(いくど)分岐です。左に折れて林道を下ると、“伊豆半島衝突の現場”「神縄断層(かんなわ)」に行けるみたいです。伊豆半島が本州と衝突し、丹沢山地を隆起させた“地学的現象を直に観察”できる!とのことです。ご丁寧に神奈川県側では、“神縄断層の表面を実際に剥ぎ取ってきたもの”が、神奈川県温泉地学研究所に展示されているようです。神奈川県はやることがすごい!

 

高圧鉄塔の下に少し開けた所がありました。ここで、休憩です。富士山方面への視界は開けていたのですが、雲に隠れて残念!今回のメンバーがあまりに“男前”だったのでしょうか?
富士に来て富士山が見えなかった場合、観光案内所で「男前証明書」(富士市長サイン入)が貰えます。裏面は富士山の写真(富士山が見えた場合は貰えません!)

 

ここまでは割と緩やかな登りでしたが、山頂が近づくにつれて、結構な登りになってきました。

 

一頻り登りきると金時公園経由で下山する道への分岐に到着。後でここまで戻って来ます。小山町設置の道標には、“小山町の金太郎”が乗っています。ちなみに金太郎は、小山町特別住民登録されており、その証として町長印入りの特別住民票がちゃんと(?)発行されています。

 

不老山南峰(926m)に到着です。県境は、この南峰から笹附峠(よづくとうげ)へと続いていますが、ここから県境を離れ、神奈川県の不老山北峰を向かいます。“事前予習”によれば、展望はこの南峰の西側しかないはず!ですが、素通りします!(後でまた戻って来ますが・・・)

 

不老山北峰(928m)登頂!予定通り(?)、山頂は樹林に囲まれていて、展望は全くないです!テーブルと椅子があったので、そこで昼食。そして、登頂記念写真を撮って、さて下山です!

 

また不老山南峰に戻って来ました。ちなみにここは静岡県小山町です。西側には樹林が開けていて、それらしい展望場所(?)になっていました。あいにくの雲で眺望は今一ですが、ここで見えている山の「山座同定」をします・・・。

 <AR山ナビ>
 

“山容を見ただけで山名を当てる”という大先輩方の「感」と「技」もありますが、正確な山座同定を行うには、正確な方位を地図上に落し込むための「道具」と「技術」が必要“でした”。ここで、“でした”と過去形としたのは、実は、今回、筆者は、スマフォに「AR山ナビ」という山座同定アプリをダウンロードしてきました。全く使い方を知らないまま、ここで初めて起動してみただけですが、すごい!いきなりでしたが、それなりに使えます!(使いこなしはこれからです)
21世紀の登山は、遭難防止の観点からもスマフォは必須ですね!それがゆえにスマフォ電池切れは、致命的です。予備のモバイルバッテリーは必須持物リストに加えましょう!

 

登って来た県境尾根道をここで金時公園の方に折れて下っていきます。金時公園は、金太郎の生誕の地で、金太郎ゆかりの場所が数多く残っているそうです。

 

途中にこんな木がありました。こんな太い蔓に締め付けられて苦しそうです。

 

林道に出ました。ここで、TNK隊長から“下山後の重要イベント”(15時御殿場駅前予約済)に間に合わせるための方案が示されました。結論として“駿河小山駅に急ぐだけ急いでみる”という若干無謀な「賭け」を選択!
で、ここからが大変!全員Maxスピード歩行開始!

 

建設中の「新東名」神奈川県区間が見えました。
新東名「第二東名」は、東海道の高速道路で、国家プロジェクトだと思うのですが、県によって進捗に大きな差異があります。静岡県は先行着手、平成24年(2012)静岡県区間162kmを一気に開業。愛知県区間55kmは平成28年(2016)に開業しました。これに対して、神奈川県区間は、ついこの数年間で海老名南-伊勢原大山のたった8km開業しただけ。もうじき秦野までの13km延伸するようですが・・・。
見えていたのは、新東名最後の未開業区間、秦野-御殿場間ですが、この区間の開通時期はなんと未定!地勢的理由だけではなく、どうやら大人の事情があるようです。

 

ファイト!煽る人(?)と煽られる人(?)

 

早く!急いでくれ!と願うTNKリーダの姿。駿河小山駅に到着!まだ電車は来ていません!

 

と言っているうちに御殿場行きの電車が入ってきました!これを逃すと次の電車は一時間後!階段を駆け下り、ぎりぎりセーフ!よく間に合ったものです!
実は、TNKリーダがメンバーに告げていた時刻は、電車の到着時刻であって、発車時刻ではなかったことが発覚!電車は単線の行き違いのため、発車時刻まで待ちがありました。これは、TNKリーダの故意の作戦だったのか、単なる間違いだったのかは分かりません。

 

無事、御殿場駅に移動。で、予定通りの“開宴時刻”に間に合いました。お疲れさまでした!
 
【あとがき】

地方自治体の取組みの一端(笑)

<金太郎特別住民票>

<男前証明書>
 
 
 
     高橋聡 記  


報告書は以上です。

すべての写真はこちらからご覧頂けます。
 1)舩生さん撮影
 2)高橋さん撮影