◆【私的】矢倉岳山行報告   

 高橋さんから2月の山行の報告を頂きましたので掲載いたします。
 ※本件は私的山行であり、野歩の会の活動ではありませんが、高橋さんとメンバーのご厚意により掲載いたします。

   

【メンバー】
46三木洋、平石充,48斎藤隆、石井啓,51常盤、53田中亨,57高橋聡
【日程】
2022年2月6日(日)
【行程】
距離:17km 登り:714m 下り:1004m

<ヤマレコ地蔵堂~足柄峠~矢倉岳~山北駅>

地蔵堂バス停08:58 → 10:26足柄万葉公園 → 11:21山伏平→ 11:55矢倉岳12:35 → 12:51山伏平→ 13:53セントラル広場→ 14:16テレビ塔→ 14:49駐車場(木材工芸センター)→15:36平山バス停→16:01山北駅
 
【まえがき】

生物やウィルスは、遺伝子が受け継がれていく過程で、時として誤差が生じる。突然変異であるが、この変異によって新しい機能をもった個体が生み出される。生物の進化である。
α、β、γ、δ、ε、…、ωギリシャ文字(現在24字)は、ギリシャ語以外でも科学・数学・工学等「理系」の世界ではお馴染みである。
2019年初症が発見されたCOVID-19新型コロナウィルスも変異を遂げて、現在、「οオミクロン」株として、爆発的感染力が世界を襲っている。但し、「δデルタ」株に比して重症化例が少ないのが救いである。
かような状況下において、感染防止対策を講じていくことは言うまでもないが、併せて「肉体的・精神的・社会的に満たされた状態」を維持し、「免疫力強化」を図ることも重要である。
 
【報告】

 

大雄山線路線図
 

集合場所は、「地蔵堂」です。TNK先輩と筆者は、先ずは小田原から「大雄山線」に乗って、関本(大雄山駅)を目指します。筆者は大雄山線に今回、人生初めて乗りましたが、同じ小田原から出る箱根登山鉄道のイメージと名前からして、“登山電車”かと思いきや、なんと道了尊を祀る最乗寺への“参詣鉄道”として大正14年(1925)に開業した“普通の電車”でした。最乗寺から明神ヶ岳へは、ロープウェイ建設も予定されていたようですが(2021年12月12日明神ヶ岳山行報告参照)、大正バブルがはじけて昭和恐慌の煽りか、最乗寺までの延伸は叶いませんでした。ですが、未練でしょうか、現在の公式路線図にも路線として終着(執着?)「道了尊」までちゃんと載っています(笑)。

 

「大雄山駅」は、地名「関本」にあり、バス停は「関本」です。鉄道駅名の「大雄山」は、最乗寺の山号から戴いているので、ちょっと紛らわしいです。ここ関本から、松田から来る地蔵堂行のバスに乗り込み、MIK会長ら5名と合流しました。鉄道駅前には、熊に跨った「金太郎」の像があります。その背景には、「足柄山」として、これから行く「矢倉岳」が描かれています。

 

「地蔵堂」到着!南足柄市曰く、ここ地蔵堂は金太郎の聖地!ここには、「金太郎の遊び石」「金太郎の力水」など金太郎ゆかりの地がいろいろあります。我々は、ここから足柄峠目指して、いざ出発です!
「足柄山の金太郎」は、国民的な有名人です。ですが、静岡県側と神奈川県側で説に食い違いがあるのが面白いです。金太郎伝説:神奈川県南足柄市公式HP vs 静岡県小山町公式HP
静岡・浜松・伊豆情報局(一般社団法人プレスマンユニオン) の「神奈川県南足柄市側にも金太郎伝説が残されていますが、実在したのかどうかも定かでありません。」の記述は、なかなかです(笑)。

 

地蔵堂からしばらく県道78号御殿場大井線を歩きます。足柄峠からの谷筋の舗装道路を歩きますが、この辺りは道路を一部かけ直したようで、旧道は車が通りません。右手に「矢倉岳」が見えます。まだまだ、結構遠いです。

 

峠までの県道(車道)は、九十九折になっていて、カーブをショートカットする形で、「足柄古道」と書かれた山道があります。当然、こちらを登っていきます。勾配はそれなりにありましたが、山歩き気分が味わえました。

 

「見晴台」バス停に到着。ちょっとした東屋があって、ここで一休憩です。バス停時刻表によると、関本から地蔵堂行きのバスが春秋行楽シーズンの土休日には、ここを通って、足柄万葉公園まで行くようです。ちなみに見晴台というほど見晴らしは良くなかったです。
「足柄道」の説明がありました。奈良・平安時代、“御殿場から足柄峠を越えて関本を通って武蔵へ”という、西の“京を基準”に東征方向に街道を説明しているところが、なんとなく面白いです。今まで江戸を基準に旧街道を説明しているものを目にしてきました。東海道が筥荷路(箱根路)になって足柄道は廃れただけでなく、日本人の基準も京から江戸(東京)になっていたことにふと気がつきました。

 

「足柄峠」に到着。正確には、峠の景勝地から少し西にあった空き地に到着です。ここは、県道を渡った北側の土地ですので、静岡県小山町領内です。足柄峠の小山町領内には「足柄城址」「足柄関所跡」など見所がいろいろあるみたいですが、名所は全てパスです(泣)。
足柄峠:静岡県小山町HP vs神奈川県南足柄市HP

 

「足柄明神」です。もちろん、門前で素通りですが、ここにあった「足柄明神社」の案内板で奥が深い発見が!
まず、現在の「足柄神社(神奈川県神社庁HP)」の文面をそのまま転記します。
『日本武尊御東征の砌、明神嶽から足柄山を越えなむとするも樹木草生い繁り遂に進路に御迷いの所、白鹿眼前に現れ、其の後に従い足柄峠に難なく進むことが出来、此処に於て白鹿消え給うと、これ神霊の御導きならむと神霊を齋祀されたと云はれている』・・・現在も今だ明治の人が書いているのでしょうか(笑)

 

「足柄明神社」の案内板を抄訳すると『足柄明神は、「古事記」によると東国平定の帰りに食事中の倭建命(やまとたけるのみこと)を白鹿の姿で襲って返り討ちとなった“坂の神”で、坂東人の誇りを守った英雄!』だそうです。白鹿姿の足柄明神は、足柄峠で自ら消えたのではなく、日本武尊(やまとたけるのみこと)によって“消された”のです!神社庁HP曰く「白鹿消え給う」の文意が分かりました!
案内板は更に続きます。『1500年以上の昔から足柄明神を足柄の産土神(うぶすながみ)として祀ってきたが、事もあろうに祭神を足柄明神から日本武尊(やまとたけるのみこと)に入替られたので、明治6年(1873)業を煮やした氏子らは、ここに足柄明神を祀る石祠を建て、足柄明神社を再建、護持に至る!』。なるほど、明治の政変、「王政復古」の影響がこんなところにもあったようです。

 

足柄万葉公園(南足柄市HP)」に程なく着きました。地蔵堂からの県道(車道)をそのまま登って来れば、ここ万葉公園の駐車場に直接来られますが、我々は、足柄古道を直登して一旦峠に出てからここまで下って来ました。公園内から、矢倉岳が見えます。まだ、距離あります。

 

「足柄万葉公園内」には、万葉集の歌碑が至る所にありました。(メンバーは誰も見ていないかも知れませんが・・・)
『鳥総(とぶさ)立て、足柄山(あしがらやま)に、船木伐(き)り、木に伐(き)り行きつ、あたら船木(ふなぎ)を』
万葉集の歌の解釈を今までいろいろ見てきましたが、面白いことにどうしても奥に“秘められた”「色恋」に話をつなげたがります。案内板も「木を伐られた」を「恋人を寝取られた」と“拡大解釈”しています。いつの世も男女の色恋話は尽きないものです。
(こちらの論文に本歌の各解釈の詳細が載っていますので、ご興味のある方はご参考に)

 

万葉公園を抜けて山道を進むと「山伏平」に着きました。ここから、矢倉岳山頂へのピストンです。また戻ってくるので荷物をここに置いて行きたいところですが、山頂での昼食を予定しているため、もちろん担いで登ります。

 

山頂までの登りはまあまあの登りで、まあまあの時間がかかりました。TKW先輩の見込み時間は、「切腹」責任ある発言だったのですが・・・。

 

「矢倉岳」山頂到着です。昼食は、水と思い思いのカップ麺を各自持参。カップ麺といえば、「カップヌードル」です。日清食品が昭和46年(1971)に販売した、20世紀最大の発明とも称される革命的な食品です。
本稿執筆していると、「あさま山荘事件」から50年が報じられました。なんとこの事件が「カップヌードル」に大きく貢献!
『1972年2月19日連合赤軍が「あさま山荘」に人質をとって立てこもった。山荘を包囲する警察官の非常用食料として「カップヌードル」が配られ、それを食べる様子がテレビ中継でくりかえし映し出された。その後、「カップヌードル」は火がついたように売れ、生産が追いつかなくなった。』(カップヌードルの歴史(日清食品公式HP)
「カップヌードル」にとっては、連合赤軍さまさまだったようです。

 

「矢倉岳(やぐらだけ)」標高870m。「やくら」でなく「やぐら」と読むようです。名前の由来が、「足柄峠を越える旅人を見張る櫓(やぐら)のような山容から」との事です。

 

山頂の東側に何やら石祠がありました。後から気がついたのですが、これが「足柄明神」が足柄峠に遷座する前のものでしょうか?(メンバーはそんなものが山頂にあったのかどうかも記憶にないかも知れませんが・・・)

 

「山伏平」までは、来た道を下り、そこから「21世紀の森」に向かって、延々と緩やかな道を下って行きます。
セントラル広場を抜け、テレビ塔:“洒水の滝(しゃすい)”に行く道の入口に着きました。なんと、「工事中、関係者以外立入禁止!」(後日、日曜日は通行可が判明!)
仕方がなく、迂回路(車道)を延々と歩く羽目に!ここで、あの“歩ける、飲める、しゃべれる”のMIK会長に異変発生!膝痛で、“思うように歩けず、しゃべれず”となり、心配です。

 

木材加工センターや森林館のある21世紀の森駐車場まで下って来ました。「ここならタクシーが呼べる」との声、MIK会長のためを思ってか、自分らの疲労からかは定かではないですが・・・。ところが、TNK先輩の「わざわざ金を払って歩きに来ているんだから・・・」と一蹴、この後、1時間以上歩きました。
ちなみに写真の展示物は、「神代杉」と書かれた推定“2千数百年前に埋まった樹齢350年の杉”の出土品で、日本を神々が支配していた時代のものです。

 

やっと山北駅に到着です!さて、散々歩いた後は・・・、御殿場線に乗って松田に移動しました。

 

「ドゥルガダイニング新松田」インド・ネパール料理のお店ですが、“時節柄”、貸切ってしまいました。お疲れさまでした!
 
 
     高橋聡 記  


 報告書は以上です。

 高橋さんから頂きました全ての写真(少し大きめサイズ)はこちらからご覧いただけます。