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- 【メンバー】
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- A) ゆるハイク班 7名
- 44佐藤あ、阿部佳,45清水敏,48斎藤恭,55山本有,56佐野弘,60生田恵
- B) 本格ハイク班 10名
- 46平石充、三木洋,48斎藤隆、石井啓,53田中亨,55北島博、三橋幸、舩生克、中嶋広,57高橋聡
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- 【日程】
- 2023年2月12日(日)
- 【工程】
- 距離:11.3 km 登り:467 m 下り:457 m
<20230212ヤマレコ大高取山~越生梅林>
越生駅09:29 - 10:04三満山 虚空蔵尊10:06 - 10:35七曲り10:40 - 11:00桂木観音公衆トイレ11:07 - 11:10桂木観音
- 11:25桂木山 - 11:40大高取山11:50 - 11:59神ノ座山 - 12:35梅園神社- 12:40越生梅林13:22 - 13:51弘法山入口
- 13:59弘法山観世音 - 14:12弘法山14:20 - 14:25弘法山観世音 - 15:16蕎麦処よしひろ
- 【まえがき】
気象学の「気団」とは、停滞性の高気圧により、気温や湿度などの性質が水平方向に広い範囲にわたってほぼ一定になり、一つの塊と見なせるようになった状態をいう。
寒帯大陸性気団の一つに、冬のシベリアの大陸上に居座る、低温で乾燥した気団「シベリア気団」は、日本の冬の西高東低の気圧配置の一翼となり、周期的に南下してきては、厳しい寒さと降雪をもたらすため「冬将軍」と恐れられている。
令和5年(2023)1月に西日本を中心に記録的な大雪をもたらしたことは記憶に新しいが、2月10日も関東一帯に大雪の恐れが報じられた。
お陰で我々一行も、当初予定していた行先「陣見山 (じんみやま531m)~鐘撞堂山(かねつきどうやま330m)」を断念し、「大高取山(おおたかとりやま376m)~越生梅林(おごせ)」へと変更を余儀なくされた。
かのナポレオンもヒトラーさえもロシアの「冬将軍」に阻まれて、撤退を余儀なくされた史実を思い出した。
- 【報告】
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越生駅集合!
駅に着くと「太田道灌」「渋沢平九郎」の名がやたら目につきました。
筆者はすっかり失念していましたが、「渋沢平九郎」で思い出しました!
越生駅は「黒山三滝~顔振峠報告(2021/4/4)」の時に来たことがあったところでした。
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虚空蔵尊さくら公園(こくうぞうそん)(標高100m)
標柱には「2007年建立」と書いてあります。
ここでは、色や形、開花時期が異なる約189種類300本の珍しい桜が観賞できるそうです。
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今日もいい天気で温かく、ここまで陽が当たった道を歩いてきましたので、雪など全くありませんでした。
しかし、この公園の前の道に来ると、いきなり雪が残っていました!
これは、山道も大変か!?と先行きが若干不安になりました・・・。
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結果的に雪が残っていたのは、この数十メートルの道だけで、これ以降は、全く雪が降ったことすら感じさせない道でした。
「越生ふれあいの里山マップ」・・・現在地とこれからの行先を確認しています。
ここは「三満山 虚空蔵尊」(標高123m)への登り口のようです。
現在、廃寺になってしまいましたが、万蔵寺の虚空蔵堂天井裏から昭和48年(1973) 小判や古銭が109枚発見され、福の神としての名声を高めたそうです。
虚空蔵尊は、知恵の菩薩として、人々に知恵を授けてくれるそうですので、通り過ぎてしまいましたが、少し知恵を授けてもらった方が良かったかも知れません。(筆者だけでなく・・・)
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ゆうパークに通じる分岐です(標高135m)
前方の道は「工事中」で塞がれていましたが、とにかく「桂木観音」を目指します。
写真上部(MIK会長の上部)をご覧ください!
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大きな岩に「落石注意」!
こんなに大きな岩が落ちてきたら、一溜まりもありません。
「くわばら くわばら」!(・・・もう年寄りしか使わない?)
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「くわばら くわばら」雷神となった菅原道真の領地「桑原」には落雷がないことから、雷避けの呪文に使われ、転じて身に降りかかる災難を除けるときに使われる「まじない」です。
日本人は、古くから自然災害を恐れ、その自然災害を避けるために、「言霊」を信じ、自然と共存してきました。
私たちが忘れかけていた大切なことを思いださせてくれました。
お陰で無事に山道を登って行くことができましたことに感謝します。
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何となく面白い道標がありました。
この先の「行き止まり」は、その「行き止まり」までは道が続いているということ。
「行き止まり」まで道があるということは、その昔、そこに何かあったから・・・。
行ってみたくなります。
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「七曲り」(標高240m)
谷筋の道からゆうパークから来る尾根道に登りきりました。
大高取山方面へと尾根は続いていますが、我々一行は、ここから尾根を乗越して桂木観音を目指します。
この尾根が町境となっているので、ここから、毛呂山町(もろやままち)に入ります。
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「桂木観音公衆トイレ(桂木展望台)」(標高272m)
ここは、車で来られるところで、駐車場兼展望台になっていました。
案内板曰く、正面にスカイツリーも見えるとか・・・
しかも案内板上の「もろ丸くん」曰く「毎年12月上旬に朝日とスカイツリーが重なるよ!」
天気は良かったのですが、あいにく霞んでいたので、スカイツリーも新宿副都心も分かりませんでした。
そうそう、ここに着く道中、柚がそこら中に“転がって”いて、柚の無人販売も出ていました。
毛呂山町は柚が特産で、特にこの桂木地区は「桂木ゆず」の銘柄で全国的に有名だそうです。
MTH先輩は、無人販売3個100円で買いました、FNU先輩は落ちているのを拾っていました(秘)。
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「桂木観音」の鐘撞堂、本堂への階段を登ります。
“桂木”は、奈良時代の僧・行基菩薩(ぎょうき)が東国行脚をした際に、大和の葛城山に似ているところから“かつらき”と名付けたと伝えられているそうです。
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「桂木観音」(標高290m)
創建は養老3年(719)行基(ぎょうき)によって開山され、県内最古の木造仏像彫刻とされる行基作の観世音(千手観音)がご本堂に納められているそうです。
山門の「仁王門」の2体の仁王像は、恵心僧都(えしんそうず)が作ったとされています。
今の佇まいは、ちょっと侘び寂びを感じさせますが、高名な僧の行基や恵心がこの「桂木」の地に仏像を残していることから、その昔は、さぞかし参詣者がすごかったのだろうと伺い知れます。
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「桂木山」(かつらきやま)(標高367m)
桂木観音から山道を登って来ました。割と緩やかな山道で、特にこの「桂木山」の山頂標の手前からはなだらかな道でしたので、この小さな標識がなければ危うく見過ごすところでした。
見過ごしても特に問題はないのですが、通り過ぎてしまったTNK先輩を慌てて呼び戻しました(笑)
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「大観山(たいかんざん) / 世界無名戦士之墓(標高176.4m)への分岐」です。
何ということはないのですが、何となくこの道標に皆さんが集まったので・・・
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「大高取山」(おおたかとりやま)(標高367.2m)
今回のメイン(?)大高取山山頂に着きました!
南側(関東平野側)は展望のため、樹を切ってありました。
山頂が自然林で展望が望めないのは自然の摂理、しかしながら、人工林で山頂の眺望がない山は言語道断です。
ということで、合格です!
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「越生 10名山」は、越生町観光協会が、令和3年11月~令和4年4月末に投票を募集、2,941人の総投票数26,478票による投票の結果、選ばれているのもので、この大高取山が、第1位に選ばれています!
投票結果に対する考察はこちらにあります。
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「神ノ座山」(標高304m)
何気に通り過ぎてしまう所です。ピークらしいピークもなく、もちろん眺望もなく、「越生 10名山」投票では番外の28位、ちなみ桂木山も番外13位でした。
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尾根道は「矢崎山」(標高170m)へと続きますが、ここで、「越生梅林」へと尾根道から外れて一気に里に下ります。
なかなかの急勾配です!
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「おぉ!」すごい奇跡的な合流の仕方です!
「ゆるハイ班」とまるで正確に歩調合せをしたように、丁度ばったり出会えました!
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さて、ここからは総勢17名の大集団となりました。
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「越生梅林」が見えてきました。
手前には「越辺川」(おっぺがわ)が流れています。
「越辺川」は、なんとあの修験道の黒山三滝「黒山三滝~顔振峠報告(2021/4/4)」に源を発する川でした!
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「越生梅林」(標高93m)到着!
大所帯になったお陰で、梅林には団体入場(400円→300円)できました!
いつもながらK.S嬢先輩の企画力・行動力・判断力には敬服するばかりです。
越生の梅は1350年頃、大宰府から武蔵国小杉村(現「梅園神社」)に分祀した際、菅原道真公にちなんで梅を植えたのが起源だそうです。
梅の花も素敵でしたが、それよりも、何百年も樹齢を重ねた古樹の風格に畏敬の念を抱かざるを得ません。
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梅の「にほひ」に誘われ、年十年も年齢を重ねた古稀の風格に畏敬の念を抱かざるを得ません。
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近年最大人数での「記念写真」!
「梅」の訓読を「うめ」と習いますが、本当は「ウメ」も音読らしいです。
「ん」という一字だけを発音する際、「(う)ん」と言いませんか?
梅(méi)を「mmeiん(む)め」、馬(mǎ)を「mmaん(む)ま」のように、伝来当時、語頭の鼻音を重ねて発音したため、語頭に「ウ」が表記されるようになったそうです。
「ムメ」は梅の方言かと思ったら、ちゃんとコトバンクに載っていました。
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「越生梅林」で梅の観賞とランチを済ませ、「弘法山」に向かいました。
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「弘法山観世音/武蔵越生弁財天」(標高120m)
正面建物の屋号板には「高房山」と書かれていました。
創建年代は不詳ながら、応永12年(1405)室町時代には寺院の存在が確認されています。
古くは「高房山妙見寺」と称したらしいのですが、明治の「廃仏毀釈」で廃寺となり、現在、観音堂だけが奥にひっそりと残っているそうです。
「神仏習合」で日本的変容を遂げた琵琶奏者「弁才天」は、芸能の神ですが、「弁財天」として「財の神」として拝む衆生が多いとか・・・。
「財」を拝むことなど無縁のYMT(旧姓KNB)嬢は、「剣道・楽器の技量向上」を祈願していました。
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「弘法山」(標高165m)
低いながらも「越生 10名山」投票第4位、今回、最後の山です!
山頂に鎮座するのは、「成瀬諏訪神社」。
創建年代は不詳ながら、古くは新倉に鎮座していたものを、建久年間(1190~1199)に宮路へ遷座、明治39年(1906) 宮路から弘法山の山頂に遷座し、山頂に祀ってあった浅間神社を合祀したとのこと。
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旧「越生酒造」(標高68m)
帰路の途中、“謎の場所”がありました。
かつて日本酒「来陽」醸造していた酒蔵で、2010年頃廃業したそうですが、蔵元はかなり“個性的な人”だったそうです・・・。
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蕎麦処「よしひろ」
恒例の反省会です!
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「越生梅林」
佐藤酒造店の埼玉県初の女性杜氏 佐藤麻里子嬢(1991年3月生)が醸す酒!
麻里子嬢曰く「香りは強すぎず、適度に漂うぐらい。味わいはふくらみがあるものの、料理の邪魔をせず、むしろ寄り添うようなタイプ。最後のキレは良く、余韻が長くならずに、次の盃が欲しくなるようなお酒を目指します」とのこと。
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お蕎麦も頂きました。
お店の外看板は「準備中」のまま。都合4時間、もう一つの「越生梅林」を楽しませて頂きました。
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