◆「湘南アルプスと吾妻山」報告 

  和田(則)さんから1月の山行のご報告を頂きましたので紹介いたします。

 
  • 平成29年1月14日(土)晴のち曇り
  • コース
    (湘南アルプス) 大磯駅 − 高来神社 − 高麗山 − 浅間山 − 湘南平 −(善兵衛池コース)− 大磯散策(こゆるぎの浜 −「飯」)− 大磯駅
    (吾妻山) 二宮駅 − 役場口 − 吾妻山公園 − 役場口 − 二宮駅
  • 同行者:石川、小柴、阿部、佐藤、中村、水堀、平石、三木、沼田、斎藤(恭)、北島、和田(記)



  • 大寒波の中、意外と暖かな一日。低山の常緑樹の自然林を歩き、冷たい強風の中、湘南平の展望に満足。市内に下り、穏やかな湘南の海や名所を巡り、漁港町に似合う昼食をとった。夕刻前の遅い時間から吾妻山に登り、静かで幻想的な景色を眺め、解散。その後、有志は偶々知った「大磯の左義長」を観に大磯に戻り、素晴らしい小正月行事を楽しんだ。
    新春の体慣らしと気晴らしの散策ハイキングにしては、ハードな一日となった。

 (大磯駅)
  
  • 数年に一度の大寒波といわれ、かなりの重ね着で大磯駅に集合。初めて大磯で下りる方も多く、列車便数の多さに驚いていた。
    ロータリーには大きなビルや銀行はなく観光案内所程度、海水浴場の駅そのまま。天気は晴れで無風だが、富士山は見えず、丹沢や箱根の山には雪雲が垂れ込めていた。気温は7、8℃。
  • 湘南アルプスは、駅裏の高麗山(こまやま)165m、浅間山(せんげんやま)181m、湘南平からなる常緑樹の自然林に覆われた低山。正面ルートの高来(たかく)神社から登る。


 (思いのほか暖かい)
  
  • 9時20分出発。ショートカットコースを選んだら、すぐに分岐を間違え、大きなお屋敷へ通じる小道に迷い込んだ。道を改めると強い日差しで防寒衣を脱ぐほどの暖かさである。途中、松並木の旧東海道は人気なく、街道をのんびりと歩く。


 (高麗寺から高麗神社へ、さらに高来神社に)
  

  • 高来神社の裏山が高麗山。その昔、唐・新羅に滅ぼされた高句麗から渡来人がやってきた。この地は高麗と呼ばれる。彼らはその後武蔵の国に移り住んだという。周囲の山は寺領地で人の手が入ることなく、貴重な自然林として残る。
  • 明治初期の廃仏毀釈、神仏分離政策で、「高麗寺」は「高麗神社」に姿・名前を変え、住職は神職になる。明治中頃に「高来神社」と改称し現在に至る。(平成28年12月25日付朝日新聞横浜版「神奈川の記憶−大磯の高来神社」参考)


 (山の中)
  

  • 神社から男坂と女坂の分岐で、皆なだらかな女坂を選ぶ。しかし急坂で最後に急な石階段が待っていた。展望はないが、梢の間から光に満ちた湘南の海、海に浮かぶ島形のよい伊豆大島を見ただけで私は大満足。
    10時20分、高麗山に着く頃には日が陰り、太陽が隠れると空気は冷たい。
  • この山一帯は北条早雲の山城で、稜線上の珍しい木橋は空堀跡に架けられている。落葉樹林の下にはスイセンが花咲く早々春の山道。10時55分、最高峰・浅間山で一休み、湘南平はすぐ先だった。

 (湘南平)
  

  • 11時10分到着。湘南平はかつて「千畳敷」と呼ばれ、現在は「高麗山公園」。ここまで車が入る。見晴らしは抜群が、風の通り道、やはり寒い。さっそく展望台施設に上がると、360°の大展望。思わず声が出る。さすが湘南の展望どころ。
  • 丹沢山塊、曇に隠れた富士山、箱根の山々、真鶴半島、伊豆半島と天城山、大島と利島(としま)、湘南の海とビーチ、江の島、三浦半島、房総半島(皆で歩いた富山(とみさん)の双耳峰も)、横浜ランドマークタワー、都心とスカイツリーなど。寒くなければ、ゆっくりと山岳同定をしたいところだ。
  • 展望する方角により風景の印象は異なった。北の風景は冬の信州の山並みのようだ、西は雪雲と変化する気まぐれ気象で日本海側のようだし、南は暖かい日差しとビーチが広がりハワイのようだとは、小柴さん。皆も同感した。
  • 立ち寄らなかったが、テレビ塔のフェンスには無数の南京錠。恋人同士で錠をすると結ばれるスポット、発祥の地。しかし、数年毎に施設管理者が南京錠を切断するので、破局に至るらしい。


 (下山)
  

  • 大パノラマだが、雪の山から吹き下ろす強い風で指先は痛く体も冷えた。売店の甘酒、コーヒーで体を温め、12時、大磯の街へ下る。高田保公園コースを下るつもりが、下山口が分からず、善兵衛池コースを下った。


 (大磯の散策)
  

  • すぐに閑静な住宅地に出て、あとは成り行き任せで街を歩く。
    山形有朋の別荘「こゆるぎ庵」跡に立つ大磯中学校。校門には大きく立派なソテツが並ぶ、避寒地としての大磯を忘れてはいけない。
  • 平石さん先頭で、海に向かい国道下の歩行者用トンネルを潜ると、「こゆるぎの浜」に出た。これが冬の湘南の海なのか。陽光が降り注ぎ光り輝く海、そして静かな海岸。
    日本三大俳諧道場のひとつで西行法師ゆかりの「鴫立庵(しぎたつあん)」、大磯が「湘南発祥の地」石碑、「海水浴発祥の地」標識に出会った。
  • さてどこで食事をとるか。当初からの課題だった昼食場所。北島さんをはじめ「せっかくだから海鮮を食べたい」で、海鮮定食で有名な「めしや大磯港」をめざした。


 (めしやをめざせ)
  

  • 13時10分、漁港の漁業組合敷地内の「めしや」に到着、しかし、すでに朝採りの魚介類で作る食事はすべて完売、店を閉めるところ。このままでは悔いが残ると三木さんが、近くのおいしい海鮮の店「ぼん?、ボン?、BON?、梵?」を紹介してもらう。
  • 「めざせ、お店」である。裏通り(鎌倉古道浜通り)を4、5分と言われたが10分歩いても店は見つからず、途方に暮れた。晩に行われるという「左義長(どんと焼き)」の高齢ボランティアお爺さんに尋ねるがわからない。そのとき中村さんから「スマホで探したら?」の一言。そうでした、すぐにそのことに気づかないのが私たち。
  • 場所を特定し現地に向かうが店はない。かなり高齢なお婆さんがやってきた。尋ねると、目と鼻の先にあった店まで案内してくれた。何かの縁というもので、お婆さんは「めしや」の親族でした。


 (海鮮食事)
  

  • 13時25分到着。「ぼん」は店名「飯(ぼん)」でした。1時間30分かけて、お酒とともにミニミニコース風定食をいただいた。体は温まり、食事にも満足。三木さんから「酒は飲んだし、15時だし、吾妻山へは行かないのだろう?」。「ええ?、酒を飲んでも登れます」。
  • 左義長のボランティアお爺さんがわざわざチラシを持って来た。18時30分から左義長を観るように盛んに勧める。田んぼのどんと焼きしか知らないので、心は動くが決心はつかない。
  • 島崎藤村邸、吉田茂邸など散策は時間がないので中止し、吾妻山に向かう。


 (吾妻山)
  

  • 夕方から用のある、3人が大磯駅から家路につき、残り9名は隣駅「二宮」へ。山に登るにはかなり遅めの15時30分、駅を出発。
  • 北口ロータリーから250段の階段を上ると山頂(136m)です。「1月の菜の花と富士山」の写真で有名な吾妻山。雪雲が漂い、いくらか薄暗く、小雪もちらつく。
  • 15時55分、昼間は花見客でにぎわったに違いない山頂も人影がありません。菜の花畑を独占し、写真を撮った。
    すでに曇り空、垂れ込める雲の下から夕陽が海面や大地を照らし、陰影と変化に富む幻想的な光景が広がる。風はないが夕暮れ時で寒い、16時30分、早々に引き上げた。


 (予定外の「左義長」まで居酒屋へ)
  

  • 16時45分、二宮駅着。夜に予定が入っている、3人が家路につく。予定のない6名。三木さんの強い誘いもあり、5人が飛込みで「左義長」を観に行き、水堀さんは酒の席を共にし帰宅となった。暗くなるまでのひと時、二宮駅前の居酒屋に入る。
  • そこへ予想もしない方がやってきた。なぜ私たちの居酒屋がわかったのでしょうか。
  • 帰ったはずの斎藤さんが戻ってきた。事情は私たちと別れた後でスマホの紛失に気づき、紛失スマホを探しに居酒屋を覗き歩いたそうです。すぐに見つかり1件落着、よかった。

 (大磯の左義長)
  

  • 5人は大磯へ戻り、18時20分、赤ら顔で北浜海岸に到着。駅からは団子をぶら下げた竹竿を持ち、海岸に向かう人々で賑わっていた。「おもてなしコーナー」にいたお誘いお爺さんに、やって来たことを伝えます。
  • 浜辺は地元の方のほか見物客で溢れている。暗い中、所々に照明がつき、清酒「左義長」と風邪を払う「とうふ」振る舞い。皆で少しずつお神酒をいただき、地元の90才のお爺さんから、左義長をお聞きした。焼いた団子は持ち帰り、無病息災を祈り、近所に配る習わしのこと。
  • 「左義長」は小正月に行われる、村の守り神・道祖神の火祭り。正月飾り・おふだ・わらを積み上げ(サイト)、火をつけ、悪霊を追い払う。持ち寄った団子を焼き、皆の無病息災を願う古くからの風習のようです。

 (クライマックス)
  

  • 海岸には地元9地区から高さ7、8mのサイトが9基、50〜60mごとに設置されている。暗闇の中、恵方の方角から火を点けると、人々は一斉に団子を結び付けた竹竿を火にかざした。
  • 近くにいると熱く、風下になると煙たく、火の粉も飛んでくる。私のダウンジャケットは火の粉を浴び、4箇所小さな穴が開いた。
  • 火の勢いがサイトの頂に近づくと、印半纏を羽織った若衆たちが恵方の方向にサイトを倒し、火祭りはクライマックスを迎えた。「ヤンナゴッコ」と呼ばれる海辺での綱引きである。
    木ソリに乗せた悪霊や疫病神を封じ込めた道祖神の「仮宮(わら作り)」を、褌姿の若衆たちが太綱で海に引っ張る。
    浜辺では子供を含む地元民が綱を引き返す。綱引きは浜側が勝ち、大漁が叶う。若衆により仮宮は踏みつけられ、サイトで焼かれた。これで疫病神は退治され、めでたし、めでたし。北島さんは地元民に混じり綱を引いたそうだ。
  • とても壮大で、圧巻で、印象深い火祭り。
    19時10分頃、私たちはクライマックスを終えたところで、駅に向かった。
    湘南アルプスに同行の、吾妻山に同行の、最後までお付き合いの皆さん、一日お疲れ様でした。


(国の重要無形民俗文化財)
  • 大磯の左義長」は、12月からの「一番息子」、「オカリコ」、「七所参り」など諸行事と、漁町独特の「ヤンナゴッコ」の風習が一体となった火祭りで、9基のサイトが並ぶ大規模な夜祭り。「国の重要無形民俗文化財」に指定されている。
    近年担い手が減り、「ヤンナゴッコ」を行える地区は3地区になった。
    以上


写真はこちらです。
1.石川さん撮影
2.北島さん撮影
3.和田さん撮影


   以上