◆高尾山ハイキング報告

  (本格班:小下沢コース~景信山~小仏城山~高尾山)

今回報告者:高橋聡(S57年卒)
掲載日:2024/2/3


【メンバー】

本格班
48斎藤隆,53田中亨,55舩生克、北島博、三橋幸,57高橋聡,高橋毅(兄)

ゆるハイ班 
43石川卓,44阿部佳、佐藤あ,45清水敏,46三木洋,48田尻哲,49鈴木幾,54佐藤國

 

【日程】

2024年1月28日(日)

 

【工程】

距離:10.5 km 登り:811 m 下り:576 m (本格班)

< 20240128ヤマレコ景信山~高尾山>


日影バス停08:50 - 09:05林道木沢線起点 - 09:29林野庁ゲート - 09:33小下沢登山口09:45 - 10:47ザリクボ分岐 - 10:58小下沢分岐10:59 - 11:17景信山11:36 - 12:08小仏峠 - 12:11浅間台 - 12:29小仏城山13:09 - 13:31一丁平展望台 - 13:37一丁平13:39 - 13:54もみじ台巻道分岐 – 14:09 5号路出合14:14 - 14:32高尾山頂 - 14:52高尾山薬王院14:54 - 15:16高尾山駅

 

【まえがき】

「甲州街道」は、江戸から甲斐国につながる、江戸幕府によって整備された五街道のひとつである。
日本の街道には峠がある。甲斐国と武蔵国の間にも「小仏峠」があった。
国道は、時代により、明治18年(1885)「明治國道」、大正9年(1920)「大正國道」、昭和27年(1952)「昭和国道」がある。
甲州街道は、明治國道十六號:「東京ヨリ山梨縣ニ達スル路線」として整備、大正國道八号、昭和国道20号となり、今日に至るが、明治國道にて甲州街道「小仏峠」越えは難しく、「大垂水峠」へと南側に大きく迂回してしまう。
その後、鉄道と高速道路は、再び「小仏峠」を通るようになるが、残念ながら、地中を抜け、地上には見えない。
昨年末、箱根湯坂路ハイキング報告(2023/12/24)にて、旧東海道箱根峠の歴史と国道の変遷を学んだ我々は、旧「甲州街道」に目を向け、高尾山へのバリエーションルートに望んだ。

参考:
高尾山~城山ハイキング報告(2023/5/20)
高尾山サプライズハイキング報告(2020/10/11)

 

【報告】


 

「日影バス停」(標高:229m)
高尾駅から旧甲州街道(都道・県道516号浅川相模湖線)をバスで移動します。
小仏バス停までは車で行けますが、都県境の小仏峠の区間は依然として山道のままなので、車は通行できません。
今回、小仏峠へは、景信山を登ってから向かいます。
景信山へは、小仏バス停~「南東尾根コース」のメジャールートでなく、「小下沢(ごげさわ)コース」というバリエーションルートです。
TNKリーダ曰く、メジャールートは、つまらない!と文句がでないように配慮したとのことです。敬服!
ということで、「日影バス停」で下車。
今回は、日影沢林道には向かわず、中央線のアーチをくぐって、小下沢林道に向かいます。

 

「林道木沢線起点」(標高:247m)
林道「木下沢」と表記された看板が立っています。
東京都森林事務所 浅川林務出張所が管轄の林道です。
「こげさわ」の字は、「小下沢」か「木下沢」か?!

 

「林野庁ゲート」(標高:300m近辺)
どうやらここから先は、林野庁関東森林管理局 東京神奈川森林管理署の管轄のようです。
林道「小下沢」です!
両者の公式HPで確認しました。都と国とには、それぞれ大人の世界があるようです。

 

この辺りは、2019年の台風で林道路体が崩落していて、現在、復旧工事中です。
何でも平日、土曜日、祝日は工事するので、日曜日以外は歩行者も通行止めだそうです。

 

「小下沢」国有林を背にモデル撮影!
森林は、水源の涵養、災害の防止、環境の保全・・・、国民生活の安定と地域社会の健全な発展に寄与しています・・・だそうです。
ちなみに国内の森林は、国有林:31%、地方自治体の公有林:11%、個人/企業の私有林:58% とのことで、以外にも私有林が多いんですね!手入れされていない森が多いのも納得です。

 

「小下沢登山口」(標高320m)
小下沢キャンプ場跡とのことで、広場になっています。
小屋がありましたが、(社)日本山岳会 高尾の森づくりの会の作業小屋だそうで、トイレは使えないようです。
我がレディース曰く、「トイレはどこでも大丈夫!」と力強いお言葉!さすがです!
小下沢林道は、関場峠へと続いていますが、ここで、小下沢に架かる橋を渡って、ザリクボ沢の左岸(登りなので沢の右側)を登っていきます。
しばらくすると、「この先危険(左岸・右岸登れません)!」という注意書きが。(標高:400m近辺)
難しい表現です。左岸(右手)に尾根に登る道があったので、登り始めました。
リボンや枝も綺麗に切られて道として整備されていたので、自信をもって一行を導いたのですが、ルートミス!
後で調べたら、どうやら、「ザリクボ沢の小滝」への道だったようです。

 

「ザリクボ分岐」(標高560m)
ザリクボ沢からの「逆沢ノ頭」(標高:655m)への尾根に上がっていく道は、なかなかの急登で、途中、一か所、山側に虎ロープが張られていて、道幅が狭いうえに足元が危ないところもありました。
ひとしきり登りきると「景信山の東尾根」に向かってザリクボ沢の谷間をトラバース、尾根の鞍部「ザリクボ分岐」に出ました。
「分岐」といっても、「景信山」と「小下沢」の2方向だけ!
尾根道をこのまま東へ直進すると日影バス停方面に抜けられるらしいですが・・・。
「景信山」方向に進みます。

 

「小下沢分岐」(標高608m)
小仏バス停から景信山への最短メジャールート「南東尾根コース」に合流です。
道幅も広くなり、人も増え、私たちもメジャー仲間入りです。

 

「景信茶屋青木」(標高:721m)
景信山にある2軒の茶屋の一つに到着です。
「景信茶屋青木」は、「今日が営業最終日」だそうで、そのせいか普段からかは分かりませんが、結構、混んでいました。
聞けば、店じまいでなく、小仏城山に引っ越すとのことです。

 

「景信山頂上(?)」
「景信茶屋青木」の敷地内にそんな看板があったので、思わず記念写真!
ところが、山頂はさらにこの上にあるではないですか!

 

「三角点かげ信茶屋」
こちらの茶屋は、昭和3年(1928)創業の奥高尾で最も歴史ある茶屋とのことです。

 

「景信山(かげのぶやま)」(標高:727m)
北条氏照の重臣、横地景信(横地吉信)が甲斐の武田氏の情勢を窺うための出城(烽火台?)を築いた場所らしいです。
山頂部一帯が、茶屋を手広く展開できるほど、広々としており、山城跡であったというのも頷けます。

 

「小仏峠」(標高:548m)
旧甲州街道を横切ります。
この峠の下を中央線と中央高速の「小仏トンネル」が通っています。
明治34年(1901)中央線の単線「小仏トンネル」(現上り線)が開通し、昭和39年(1964)やっと中央線下り線用トンネルが開通します。
中央高速は、昭和43年(1968)中央高速の「小仏トンネル」が片側2車線で供用開始しますが、こちらは、誰もが知っている渋滞の名所になってしまいました。
ついに2021年上り用1車線の「新小仏トンネル」に着手、2023年全長2300mのうち約860mまで掘削完了したらしいですが、悪名高き「小仏トンネル」の渋滞は、いつになったら解消されるのか・・・
足元でそんなことが起きているなど、知る由もなく、一行は通過します。

 

「明治天皇聖跡碑」
明治13年(1880)明治天皇も山梨巡幸の際にここ小仏峠でお休みされました。
「明治天皇小佛峠御小休所阯及御野立所」の碑が建てられています。

 

「浅間台」(標高:579m)
小仏峠の感慨にふけっていた筆者は、一行とはぐれ、急ぎ追うも、「城山」方面への道が、尾根道と巻道の二又に分かれていました。
道標はなく、迷った際は道を見失わない「尾根道」を選択。
それほど、間は空いてないはずですが、一行の姿が見えません!
結果、一行は巻道を進んだようで、この先で難なく合流しました。

 

「小仏城山」(こぼとけしろやま)(標高670m)
ゆるハイ班の皆様、お待たせいたしました!本隊(?)と合流し、昼食、ティータイム!
「城山」(しろやま)は、名前の通り、山城があった山です。
「城山」という名前の山は、山数としては、日本で一番多く、276山あるそうです。

山城に関しては、こちら↓もご覧ください!
湯河原城山ハイキング報告(2023/04/16)
滝山城址~拝島大師(2021/10/16)

 

「一丁平展望台」(標高:571m)
総勢15名の大団体で、城山から高尾山を目指します!

 

「一丁平」(標高555m)
「1丁」は尺貫法の距離や面積の単位であることは、高尾山~城山ハイキング報告(2023/5/20)で学びました。
では、「一丁前」とは?
律令制度において公民男子を「正丁」といったそうで、「一丁前」は、十分な能力が備わった者の意で、その意味では、能力が人並みの域に達した「一人前」と同じ意味だそうです。
ですが、「一丁前の口をきくな」とか「態度だけは一丁前だ」のような雑言で使うことが多いようです。

 

「もみじ台巻道分岐」(標高481m)
ここは、“素直に” 左側の巻道を選択しました。

 

「5号路出合」(標高:553m)
ここで、5号路(山頂を囲む周遊路コース)を経由すれば、高尾山山頂に行かずにケーブル高尾山駅に行くことができます。
TNKリーダ「高尾山にきて高尾山を巻くわけにはいきません!山頂目指します!」

 

「高尾山山頂」(標高:599m)
14時半という時間も時間でしたので、山頂の混雑はありませんでした。
ですので、難なく全員の記念写真!

 

「高尾山奥の院不動堂」(標高:551m)
不動堂は、高尾山の諸堂の中でも一番奥まった所にあり、元々は現本堂の位置にあった護摩堂を明治43年頃に移築して、不動堂としたとのことです。平面形が正方形、屋根面が一つの頂点に集まる宝形造で、寛政10年(1799年)建立だそうです。

 

高尾山薬王院本堂」(やくおういん) (標高:525m)
高尾山薬王院有喜寺」は、高尾山にある寺院で、真言宗智山派の関東三大本山の一つ。
天平16年(744年)に聖武天皇の勅命により東国鎮護の祈願寺として、行基菩薩により開山されたと伝えられています。
現在の堂宇は、明治34年(1901)に建立されたそうです。
皆様の健康とご多幸をお祈り申し上げます。

 

四天王門
薬王院の入口に立つ楼門。立派な山門でしたが、近年(?)の昭和59年(1984) 弘法大師の1150年ご遠忌事業として建立とは!意外に新しいです!

 
ケーブルカー「高尾山駅」(標高:472m)
ゴール!
皆様の膝を気遣い(下りが嫌い!)、今回は、ここがゴールです。

 

高尾登山鉄道
大正10年(1921)鉄道免許状下付、昭和2年(1927)ケーブルカー 清滝 - 高尾山間開業。
最も急な所は31度18分、ケーブルカーの線路では日本一の急勾配だそうです。車内放送でも自慢していました。(笑)
距離:1,000m、高低差:271m(201m~472m) を5分で降りてきました!

さすが、文明の利器!

 <ヤマノススメ清滝駅>
 

ケーブルカー「清滝駅」(出典『ヤマノススメ』©しろ/アース・スター エンタ―テイメント)
女子高生「雪村あおい」と「倉上ひなた」もここから高尾山に登りました。
ヤマノススメに関しては、奥武蔵顔振峠ハイキング報告(2023/11/26) をご覧ください!

 

ケーブルカー「清滝駅」(標高:201m)
半世紀以上前の高校生だった(過去形)一行は、ここで何やら点呼?
どうやら、メインイベント(?)である「反省会」の出欠確認をしているようです・・・(笑)

 

高尾山口駅から高尾駅に移動して、MIK会長ご用達(?)「目利きの銀次」高尾南口駅前店で、「お疲れ様でした!」

 

【あとがき】

「早稲田をば 出でて久しくなりぬれど 山路思ひて なほ集ひけり」(筆者兄詠)

以 上
 


 
 
※写真はこちらです。
 その1)高橋(聡)さん撮影(最初本格班)
 

野歩の会HP